2章-2

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「相手がキイス氏でなくともですか」 「そりゃキイスくんのがいちばんでしょう。でもキイスくんはもういないから。彼のペニスをちょん切って持ってられるわけでもない。勝手な推測ですけど、彼はヒトの体温を忘れたく無かったのです。行きずりのセックスでも同じだけど、どうせ魔物とバレて怖がられるからって言ってましたし」 「なるほど。そう聞くと治療の一種ともとれますな。リハビリというのか」 「そう、まさしくそれです。あれはセックスのリハビリだ」 「ではいつかを再び迎えなくてはなりませんな」 「そこが難しいところですね。愛するヒトって、どういうタイミングで出現するのかまったく分からないから。ずっと嫌いだったヤツかもしれないし、ひとめぼれの相手かもしれない。結婚してからそんなのに巡り合ったら地獄だ。…それにかつて愛したヒトを忘れるほどの恋なんて、そうカンタンに出来なさそうだ」 「良きパートナー、というのではダメなのでしょうか」 「良きパートナー?」 「キイス氏の手紙にね…あの、ウォンの鼻血で汚された…あれに記してあったのですよ、そのようなことばが」 「ほう。それはサイラスとキイスくんのことを示すのですか?」 「いえ、それがキイス氏いわく"ヴォルクガント"だと。つまりウォンです」 「キイスくんとウォンくんではないですよね」 「あのふたりは純粋な酒仲間です。そうではなく、サイラスさんとウォンです。彼らが良きパートナーとなるかもしれない、と」 「ほう。どういう意味合いでしょうな。親子のような、あるいは兄弟のような。いろいろありますよ、パートナーってのは」 「私が思うに、キイス氏に取って代わるモノではないかと」 「ええ?それはさすがに…どうだろう?極端な話、ウォンくんの子供を産みたいなんて、ぜったい思わなそうだけど」 小さく咳払いをして、レオが料理を運ぶ。 「お待たせしました」 「そうだ、ここはレオくんの見解も聞こう」 そう言ってニシは空いている椅子をひいた。先ほどの細切れに聞こえた話の流れから、とても答えづらそうなことだと察しレオは戸惑ったが、とりあえず恐る恐る席についた。 「レオ、あのキイス氏の手紙の内容のことだ」 「手紙?」 「良きパートナー、覚えているか?」 「ああ、ウォンさんとサイラスは…という」 「それについてどう解釈するのかってコト。パートナーってのはちょっと意味合いが広すぎると思わないか。恋人と明言されてはいなかったのでしょう」 キイスの手紙、サイラスが捨ててきた、あの鼻血まみれの…… "ヴォルクガントは、どこか君と似ている。" 性質や生い立ち、人から魔物への変貌、それからの生き方……確かに似ていないとは言い難い。しかし似ているということは何を意味するのだろう? キイスは、だから良きパートナーになるであろう、と記した。陰陽、すなわち影と光、白と黒、雨と晴天…そういう真反対のモノではないということだ。 サイラスが影なら、ウォンも同じ闇の中。サイラスが陽に照らされるのなら、ウォンもその空の下にいる。サイラスの歩んできた道の後方に、ウォンがいる。浮かぶのは確かにそういう構図で、そんなふたりは血のつながらない親子、兄弟、親友、恋人、いったい何に当てはまるのだろう。 レオにも分からないけれど、自分がキイスのような選択をしたならばいったい何を思うのだろうと、あの日からたびたび考えていた。 「サイラスにゆだねるおつもりでそう記されたのでしょう。彼はまだまだこれからも生きていく、その長い時間の中で、いつかキイスさんを忘れなくてはいけないような出会いもあるやもしれない。死に行く者は誰かを残すとき、忘れてほしくないと願うかたわら、いまよりもしあわせに生きてほしいとも願うのではないでしょうか。…それに適しているのが、サイラスとよく似たウォンさん。そうお考えになられた。自分の代わりにしあわせを与えてくれる相手ということならば、サイラスを導くものが彼。良きパートナーとは、生きていく上で互いにしあわせを与え合える存在、ということなのではないでしょうか」 自分に言い聞かせるかのように、言葉を探る。 「ですから…そうか、ですからそのパートナーというのは、自分に取って代わりしあわせを与え、なおかつより高め合っていける間柄ということなのでは。僕がもし死ぬとして、閻さんにそのような手紙をのこすとしたら、僕を忘れて新たな恋をしてほしいという意味合いで、"パートナー"と書くと思います。それに人はやはり、そこに行き着くのではないですか?共に生きていける相手を、どうしたって求めてしまう。僕にとってですけど、それは友人じゃなく、家族のようなものでもありません。肉体的なつながりを持てる相手であることも重要です。だって生きてますからね」 閻とニシがしばらく黙って何かを考え、閻が納得したようにうなずき、ニシが「そうかあ」とつぶやいた。 「まあ確かに、わざわざ自分の奥さんに"僕は死ぬけど、君はあの人とお似合いだと思う"って言ってるようなもんだからな。自分の目の届かない範囲で、あえて違う誰かをすすめる、ってことは、やっぱりそういうことかもね」 「では、サイラスさんはいずれウォンと…?」 「それは本人の意思によるモノだろうが…でもキイスくんには予知能力があるからなあ」 後手で椅子の背もたれによりかかりながら、ニシはどこか嬉しそうな顔を浮かべ何もない天井を仰いだ。
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