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「魔の者たちですか?昔聞いたことがあります。見たことはないですけれど…」 ひとり用のベッドに枕を並べ、(えん)はレオに大河の街の魔物の話を聞かせた。 そこは国境の少し手前の肌寒い街だ。川の向こうは黄泉の街だと大人たちが言っていたのは、そのことだろうか。幼い頃、ほんのわずかな期間だがその付近の集落で過ごしたことがある。 自分たちの民族以外にも、さまざまな人種が寄り集まって暮らしていた。 それゆえ小さな諍いはいくつもあったが、子供の自分たちには無関係で、肌や目の色や言語もバラバラの子らで集まり、毎日遊びまわっていたものだ。あの中にたとえ魔物の子がまざっていようとも、自分たちには気にならなかったであろう。 「懐かしいな。あそこにはいろんな人がいました。大河の街は、移民の街とか混血の街とも呼ばれていました。れっきとした元々の住人もいて、僕よりいくつか年上の、みんなのお兄さんのような子もそうでした。ご両親ともお優しい方でしたが、やがてまたバラバラになって、今はどうしてるのやら。まだ住んでいるのかな」 (えん)がレオの背中に手を這わせ、背骨を手でなぞるように撫でさする。 「あの街は私の遠縁のロベルタという奴が取り仕切っていてな。私も子どもの頃に、奴にはよく面倒を見てもらったものだ。私達はもしかすると、すでにその辺りですれ違っていたかもしれない。あそこは昔から奇怪なところだ。これからもそうだろう。久々に、そのロベルタからの便りがあった。暇があれば顔を見せろとな。…お前も来るか?もしかすれば、かつての顔ぶれに会えるかもしれん」 「え…僕もですか」 「大河の街に行くには2日はかかる。帰ってくるにも2日。手段が列車しかないんだ。ロベルタのところにも数日は滞在するだろうが、その間私にすることがない。だからたまには仕事を休んで、旅行をしてもバチは当たるまい」 閻の言葉に、レオは目を輝かせた。 「いつになるんです?」 「そうだな…いま取り掛かってるのが終われば。遅くとも来月には」 「行きます。行きましょう」 「ロベルタにもそのように言ってある」 嬉しそうに笑うレオを見て、いつも頬の硬い閻の顔もほんの少し緩んだ。 ー「なんだ、また来やがった」 「なんだとは何だ。これ、直してくれ」 ウォンがクーガの前で片足を上げ、剥がれかけた靴底を見せつける。 「今日はフツーの客か…まあいい、入れよ」 レジの置かれたカウンターの奥に通される。仕事道具が雑然と並べられた、仕事部屋兼リビング兼ダイニング。クーガに靴を渡すと、道具箱を開けあっという間に打ち直し、ついでに両方とも磨いてくれた。 「おら、こんなものはアサメシマエだ」 「ほー、迅速丁寧。すばらしい」 「それ飲んだらとっとと行け」 「幾らだ?」 「いらねえよ。うちは靴と自転車のパンク修理はタダだ」 「人がよすぎる店だな。もっと細かく稼げよ。潰れるぞ」 「母さんに言ってくれ。まあ母さんも、死んだ親父に言えって言うだろうがな」 「…シロは今日はいないのか?」 「今日は依頼の予約が無いから、どっか出かけてるよ。夕飯の買い物もあるからって。まあ夕方には戻るだろ」 とすると、まだ病院か…。尋ねたものの、ウォンには大方予想はついていた。はクーガには打ち明けていないのだろう。そりゃあそうか、あのことを家族に明かす患者はあまりいない。 「母さんに会いに来る途中で、その靴底をやっちまったんだろ。何か用事があったのか?伝えといてやるよ」 「いや…まあこないだ世話になって、礼もしてなかったからな。そもそもお拾ったのはお前だったようだが、ともかく仕事で近くに来たから礼に寄っただけだ。…ありがとな」 「困ってる人は助けてやれって、親父が母さんにいつも言ってたみたいで、母さんも俺らによく言ってたから。悪いやつなら悩まず殺せってのも言ってたけど。よかったな、助かって」 「ロベルタの飼い犬を、いいヤツだと認定した野郎は初めてだ」 「世界中で母さんと俺らだけさ」 コーヒーを飲み干して立ち去ったウォンを見送る。あの馬鹿でかい図体は、暗殺なんかをするには目立ちすぎる。しかし掃除屋としては一流のオトコだと聞く。厄介なヤツと知り合いになってしまったと、クーガは後ろ姿を眺めながらため息をついた。 店に戻ると、いつの間に置かれていたのか、レジの横に数枚の紙幣が無造作に散らばっていた。 「…これで新しい靴買えるじゃねーか。あんなボロじゃなくて、上等なやつ」
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