2章-2

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「よう」 しばらく行方をくらましていたウォンが、シャッターを閉める直前、店のカウンターにやって来た。 「おお、お前どこ行ってたんだよ。たまにはここも手伝ってくれ」 クーガはチラリとその姿を見ただけで、台帳を書きながら言った。 「しばらくぶりに会って早々それか。先生んとこと引っ張りだこだぜ」 「でも病院は今度何人か新しいヤツ雇うんだろ。医者崩れみたいなゴロツキだか何だか…よくわかんねえ奴ら。じいちゃんがまたそういう得体の知れない奴らを囲い始めたから」 「"元会長"お得意のシゴトだ。ここも何人か見繕ってもらえ」 「うちはお前みたいなのがあと1人でいいんだ。無駄な人件費は抑えたい。ヒト1人雇うのはなかなかコストがかかるんだぜ。めんどうな依頼も多いし、すぐ辞められたら無駄金だ」 「ほう、偉そうなコト言えるようになったな。さすが次期社長だ。経営者の風格がある」 「バーカ」 「なあ、メシ食ってっていい?」 「やっぱりそれか。入れよ。昨日の残りのカレーがある」 「だろうと思って来たんだよ。ニシ先生が昼飯にカレー食ってたの見たからな」 カウンターを抜け部屋に上がりこむウォンを、クーガは横目で見つつ微笑んだ。ちょっと前まで、これが日常であったことが懐かしい。鬱陶しくて憎たらしくて大飯食らいの男だけど、3人で囲む食卓は、なぜだか悪い気はしなかった。 最近はそれもめっきりなくなって、依頼が立て込むとサイラスとすら夕飯の時間が合わないこともあったりして、だから、今夜は久々に3人揃うことが嬉しかった。 ー「シロ……じゃねえやサイラス、久しぶりだな」 キッチンには、鍋のカレーを温めていたサイラスが、疲れた顔をして座っていた。 「よ。そろそろ来ると思った」 「しけたツラしてやがる。儲かってんだろ」 「お前、カラダが空いたなら明日からまたうち手伝ってくれ」 「親子揃ってそれか。いいぜ、そのつもりでメシを食いに来た。来週からまたちっと出かけるが、それまで昼飯と夕飯は頼んだぜ」 「食うヒマがあったらな。…座れよ。いま用意するから」 「なあ、ここもあと1人くらい雇えよ。クーガの弟たちに任せたところで、また春になったら寮に戻るんだろ。そしたらそれ以降も同じことだぞ」 「ん~…まあ一応考えてるよ。でもパパが見繕ったのはワケありが多いからやめとく。ふつーに、もっと実直に、素直に生きてきたヤツがいいな。ふつうの子」 「この街でそりゃあ難儀だな。それにふつうの神経のヤツがこの仕事は無理だろ」 「依頼は僕とクーガでいいよ。雑用がほしい。ご飯作ったり、経費とか金関係の処理をやってくれたり、電話番とかさ。それだけで少しはラクになる。パパのメイド分けてくんないかな」 「それくらいなら小僧にも任せられるな」 タバコに火をつけ煙を吸い込み、ウォンもぐったりと力が抜けていく。 「お前がずっと居てくれりゃあそれでいいのに」 「エンさんが手放してくれたらな」 「…たまにはふつうに帰ってこいよ。夕飯くらいは面倒見てやるから」 サイラスがカレーをよそいながら言った。 「はっ、どういう風の吹き回しだ。何か企んでんのか?」 ウォンが目を逸らしながら、口元だけで笑う。 「別に。純粋なそのまんまのイミだよ」 「俺は一応自分の家も持ってるんだぜ」 「知ってる」 「ここでの手伝いがない日は…エンさんとこでもニシさんとこでも、仕事が終わったらそこに帰るんだ」 「知ってるよ」 「それなのにわざわざここに帰ってくるイミってなんだよ」 「意味なんかないよ。だいたいお前いつも意味なくうちに来てただろ。パパんとこに帰って食えばいいメシを、わざわざうちに食いに来てさ。あれこそなんかイミがあったのか?」 「その方がラクだからだ」 出てくる言葉は、不本意なものばかり。 「素直じゃねーなあ」 「じゃあ何だっていうんだ」 「うーん。…なんだろう?」 目の前には、カレーライスと、付け合せのらっきょう、ボウルに入ったサラダ、ウォンがいつも飲んでいる安いウォッカ、そして、恥ずかしくてまともに目も合わせられない自分を、じっと見つめながら考えるサイラス。 何度も顔を合わせていると、目覚めたときに飛び込んだを"麗しの顔"もすっかり見慣れたものになったが、やっぱりこの男は、この街でもきれいなのだと感じる。 「そんな見んなよ」 「照れてる?」 「目の前で見つめられたら気まずいだろ、誰だって」 「考えちゃってさ。素直な気持ちってなんだろーなって」 「…お前さ、けっこうこういう局面にニブイのな」 「どういうこと?」 「そんなに掘り下げんなってことだよ。恥ずかしくねえのか」 「何が?」 「俺がここにメシを食いにくる理由だよ。…ああラクだから、それはホントだ。けどまあ、このメンツがいいんだよ、俺は」 「やっぱりな」 「分かってたろ」 「だから、たまにはふつうに帰ってこいよって言ったんだよ」 「……」 ウォンが耳まで赤くして、らっきょうを見つめる。 「いいじゃんそれで。僕とクーガとお前で、夕飯食べようよ。仕事がふつうに終わった日くらい」 「…ああ」 「お前さ、なんでそんな赤いの?」 「慣れてねえからな、ヒトの優しさに」 「素直になりなよ」 うるせえ、と言いかけたところで、クーガもやってきた。 「終わった終わったー…ってなにこの空気。お前なんでそんな赤いの?泣かされた?」 「うるせえ!」
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