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2章-3
ロベルタ氏が市長の座を奪……引き継いで、これからこの街はどのように変貌していくのだろう。氏は、街の真ん中にある歴代の市長が暮らしてきた家に移り住み、増改築して立派なお屋敷にしてしまった。
車椅子でも移動がラクチンな家、バリアフリーの先駆けに、といういかにもな名目だが、市民の前に姿を見せるときしか乗っていないらしい。弱々しくいたいけだが、しかし街のために老体にムチ打って働く姿勢、みたいなのを見せつけたいのだろう。
「あのクソジ…会長、ここに来てから老獪さにミガキがかかってやがるな。悪の親玉はやっぱりこういう薄汚ねえ街のほうがハツラツとするんだろーなあ」
「いやあ、いいことも悪いこともどっちもやってくれて助かるよ。悪しき習慣の撤廃をー、とかいいながら、我々みたいなモンには目をつぶってくれる。人材派遣もお手のもの。僕の読みは間違っていなかったな」
「まったくいつまで生きやがるつもりなんですかね。…先生、めずらしくヒマだし、レオさんとこでメシでも食いましょうよ。今日はエンさんも出張してるから来ないし。サイラスに見つかったら手伝えって言われるしな。たまにはのんびりしてえや。レオさんの顔見ながら、レオさんの作ったランチを食って…」
「君、そのセリフが無意識のものなら気をつけろよ。僕だからいいが、君のボスの前で言ってみろ。消されるぞ」
「今のナニが悪いんです?ゼンッゼンわからねえ」
「ミスター・エンはああ見えてかなり嫉妬深い男だからな。ともかく彼の前でレオくんのことを口にするな。君の発言は特に誤解を招きやすい」
「めんどうな男だ、エンさんも。」
「それより君、最近サイラスとは会ってるのか?」
「サイラス?会ってますよ。メシ食わせてくれるし。なぜです?」
「いや。…まあいい、急患が入らないうちに行くか。見習いでも2人いりゃあどうにかなるだろ。モグには悪いが」
「そういやモグは何してるんすか?」
「さっき見たら4号室で患者と麻雀してたよ。だから平気さ」
そうしてふたりでレオの店に出向く。途中にあるサイラスの店を避けるようにやや遠回りをして、あたりに彼らのトラックがないか細心の注意を払う。そんな緊張感の中ようやくたどり着いたレオの店。しかし、その店の中に居たのは……
「げっ、サイラス……」
一足先にランチにありつく、恐れていた男の姿があった。
「おや、お揃いで。いらっしゃい」
「ようレオくん。サイラスも来てたんだねえ。ちょうどよかった。相席しよう」
「こっちにどうぞ先生。おいウォン、何だよその顔は。僕と会うのがまずいって顔だな」
「いや、そういうわけじゃ…」
「てめえ、ヒマなら手伝えっつっただろ」
「そら来た…やっぱりこうなるんだ…」
ウォンが額を抑えながら天井を仰ぐ。しかししかめっ面のサイラスは、そのすぐあとでニヤリと笑った。
「…なんてな、今日はめずらしく休みだ。無理やり取った。じゃなきゃ死んじまうよ」
「え…なんだそうだったのか。わざわざお前に見つからねえように遠回りしてきたのに」
「なんだと?」
「ウソだよ!!」
「サイラス、何か予定でも?」
「いーや、なんにもないです。ていうかなんにもない日がほしくてほしくて。レオの顔見たのだってずいぶん久々だよ。なあ?」
「このあいだ、昼ごはんを差し入れにいったとき以来ですね。ほんとうに皆さん、会いにくくなってしまって…」
ふたりがそれぞれ気に入っている飲茶と点心を出す。
「でも結局みんなここに来るんだよな。レオくん、ウォンくんがエン氏の前で不用意な発言をしないようにちゃんと注意しときなよ。君の顔見たいからってここに来たんだけど」
「そうですか。それは嬉しい」
「そんなことエンさんの前で言ったら、お前出世コースから即外されるな」
「お前まで何だ。レオさんに会いたいって、何もレオさんに色目を使ってるわけじゃあるめえし。だいたい俺は人のモンに興味ねえよ」
「じゃあレオくんが独り身だったら?」
「…バカか。レオさんは男だぜ」
「君、もう少し考えて発言できるようになれば、もっと出世も早いんだろうなあ」
「そーだそーだ。オンナとオトコじゃなきゃ駄目ってこたぁねえだろ」
「なら俺はレオさんが独り身なら1発ヤレるまで毎日口説きにくる。これでいいか?」
「あはは、死刑確実なセリフ」
「もうやめとけ。レオが困ってる」
レオはやっぱり、こういう類いの話には慣れなかった。
「それよりクーガは?あいつも休みなんだろ?」
「クーガ?デートだよ。たぶん」
「は?!そんな相手いたのか、アイツいつのまに?」
「いいねえ、青春だ。若いから当然さ。我々みたいに寄り合ってのんびりしてる場合じゃないだろう。外へ向かってかないと」
「知らなかった…あいつそういうこと一切話さねえから…」
「お前に話して何のメリットがあるんだよ。…でもまあそうだよな、まだ若いのに仕事仕事で、かわいそうなことしてるよ。やっぱりさっさと新しい店番増やすかな。ずっと家族でやってきたから何となーく思いきれなくて。でもそんなこと言ってる場合じゃないしなあ」
「それもそうだが、あいつマザコンだからちったぁ親離れさせるつもりで、違う人間も入れるべきだぜ」
「お前、それ言うとあいつマジで怒るぞ」
4人が笑う。
「クーガくんは親思いのいい子ですから、だからこそもう少し青春というものを味わってほしいですね。彼の世代の子たちなら、仕事をしてる者もいますが、まだまだ遊びたい盛りですし」
「そうそう。まあ経済的にはもう充分余裕もあるんだ。下2人の学費だってとっくに払い終えてるしな。人を増やして、あの年代なりの生活ってのももう少しさせてやりたい」
すると「たまには親らしいね、君」と、ニシがどことなく嬉しそうに微笑みながら言った。
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