2章-3

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昼間とは違い、忙しい店内。しかし不思議なもので、台風一過のように、行き先も帰る家もバラバラの客たちが皆一様に店から帰るタイミングというのがある。そこからまた賑わい出すか、あとはゆるやかに終わるかは、日によって変わるのだが。 クーガはその静けさを取り戻した時間にふらりとやってきて、カウンターに座った。久々に会えたからと、レオはとっておきのウイスキーをクーガに振る舞った。20分ほど近況を話し合い、2杯目の半ばで、クーガが聞いてきた。 「レオさんってエンさんとどうやって知り合ったんですか?ああ、ここの客ってのは知ってますけど。どうやって今みたいな関係になれたのかなって」 「どうやって、…はて、どうやったんだろうか、そういえば」 「覚えてないんですか?」 「あいまいな雰囲気のまま、なんとなく…でしたね。気がついたらこのように」 「大人ってそういうの雑なんだな」 「あはは、そうかもしれない。でも長いあいだお互いのことを意識してましたよ。だけど好きですなんていい合える環境にないですからね。そういう性質でもない。それに閻さんはその頃から、こんなふうに突然姿を見せなくなる人でしたし。何より同性愛など…」 「そうか。俺は親が親だから、全然そんな垣根を意識したことはないけど…ここでは隠すべきものなのかな」 「時代にゆだねるしかないでしょう。クーガくんは、恋人はいないのですか?」 「恋人…まあ、そんなようなもんなら」 「おや、知らなかった。どんな方ですか」 「ん?うーん…実はちょっとレオさんに似てるんだよな。雰囲気とか」 「僕に?それは見てみたい」 男か女かは、聞かなかった。 「今度ぜひふたりで来てください。サイラスにはもう話したのですか?」 「いや。でもまあ、何となく察してんじゃないか?こないだ、今度思い切って店を休みにするから、仲良い奴とかいるんなら遊んで来ればって言われました。それが明日なんですけど」 「だから今日は少しゆっくりできたのですね。サイラスは勘がいいからな。明日その方を彼にも会わせればいい」 「いや、まだやめときます。いつかってことで。ていうかさ、母さんこそいい加減そういうのねえのかなって。レオさん何か聞いてないですか?」 クーガから思いもよらぬ言葉を聞き少し驚いたが、同時にレオは嬉しかった。彼がそう思っているのなら、サイラスとて自由に恋愛を楽しめる。 「そうですね。僕もサイラスには、早く新たにいい人を見つけてほしい。…でも残念ながらまだそういう方の話は聞かないな」 ウォンが頭の中に浮かぶが、言わないでおいた。しかし、クーガはさらに思いもよらぬことを続ける。 「ウォンってどう思います?」 「ウォンさん?」 「あいつってさ、母さんのことどう思ってんのかな」 「本人からそういったことは一切聞いたことないですね。閻さんも…」 「エンさん、何か言ってました?母さんとウォンのこと」 先日のニシと閻との"密談"を思い出し、つい閻の名を出してしまった。しかし秘密にすることでもないので、話した。 「…そういえばそんなことも書いてあったような。パートナーねえ。あいまいな表現だ。けどやっぱ親父がわざわざそう書くんなら、それでもいい、ってことなんだろうな」 それでもいい、つまりふたりは、かつてのサイラスとキイスのような間柄でもいいそういうことであろう。いや、そういうことにしたい。 「クーガくんから見て、率直に、ふたりはどういう間柄が自然であると思いますか」 「俺から見て?やだなあレオさん、わざわざあいつの名前出したんだから、だいたいわかるでしょ」 「ははは、敢えて言わせたい。じゃあ、あなたがそう思う理由は?」 「…ウォンは母さんに惚れてると思う」 氷を指先でいじりつつ、クーガはためらわずに言った。レオはそれを聞いて、微笑みながら小さくうなずいた。 「だってそうだろ。別に母さんはあいつにメシを作る以外なんにもしてねえのに、あいつはそれ以上のこと、いっつも何でも言うこと聞いてさ。暇なときもしょっちゅううちに来てたけど、今あんな忙しいのに、文句言いながらも時間ができりゃうちに来て、母さんになんかやること無いのかって聞くんだ。別にないって言われたら、メシでも食ってくかなーなんてそのまま居座って、酒飲んでひとりでいい気分になって、俺が寝てからも遅くまで母さんと話してる。…いつもいつもまとわりついてる。鬱陶しい奴だけど、女も作らないで自分の空いた時間ぜんぶ母さんに捧げてんだぜ。あんまりにも疲れてるとたまに逃げるけど。ただ似たような境遇だって仲良くなっただけのやつに、そこまでするかな。俺ならしない。惚れてなきゃ、あんなに自分の時間なんか割かない。」 3杯目を作る。レオのこの優しい微笑み。なにかを慈しむようなそのまなざし。ほんとうに、自分の恋人に似ている。 「…クーガくん、もしもサイラスがウォンさんを選んだとしたら、貴方はそれを受け入れられますか?」 「受け入れます。ウォンが毎回うちに帰ってくるのはちょっとうざったいけど、もう慣れました。それに俺は人の人生に口出ししない主義ですから、たとえ親であっても。母さんが親父を選ぶのとウォンを選ぶことに違いはないと思います。…でもレオさん、ふたりがどうなるのかは、わからない。もしふたりがお互いを選ばなかったとしても、ふたりともちゃんと幸せに暮らしてほしいです」 「…君はほんとうに、サイラスによく似てますね。サイラスは君の幸せを毎日心から願っていますから、そのために自分もクーガくんに心配をかけない生き方を望んでいるはずです。それは何も恋人を見つけることではない、今までとは違う新たな選択です。それのひとつが、ウォンさんかもしれませんね。…でも、それでなくともサイラスは幸せ者だ。僕も君のような子がほしいものです」 クーガが照れたような顔で少しだけうつむく。レオによく似た人を好きになったのは、彼を初めて見たあの日、少しだけ心を揺るがされたからだ。 「俺もあんなアホな破天荒男じゃなくて、レオさんみたいな人が母さんの恋人ならよかった」 そう言って、ふたりは笑いあった。 それが昨晩のことである。
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