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「よお、人殺しの先生。」
誰もいない受付を通過し診察室に入ると、ニシがひとりで昼飯のカレーを食べていた。
「おや…ああ、君はもしかしたらロベルタさんのとこの?驚いたよ、シロのような魔物が他にも居たとはねえ」
ニシは慌てる様子もなく、悠々と付け合わせのラッキョウを噛み砕いた。
「どうした、頭の傷が痛むかい?」
「ふざけんな。あと1発喰らってたらあんたを殺してたぜ」
「君たちは報酬をもらわなくとも人を殺すのか。もっと細かく稼いだ方がいいぞ」
ニシが立ち上がり戸棚からカップを取り出すと、突然の来訪者のためにコーヒーを淹れた。
「吸うかい?」
「ここ病院だろ」
「何か問題でも?」
「……」
訝しげな顔をしつつすすめられたタバコに火をつけ、数時間ぶりの煙を味わう。
「シロが来てるだろ」
「消しに来たのか」
「ちげーよ。奴が最近カタログの人間どもにご執心らしいじゃねえか。…なんだってそんな。アレはもっと、そういうチャンスに恵まれない奴が利用するもんだろ」
「ロベルタさんとこはずいぶん守秘義務がゆるいんだね」
「俺の仲間が任されてる仕事だ。顧客の情報なんざいくらでも得られる」
「なんでかは僕にもわからないよ。僕らはただの窓口さ。ただの仲介役で、報酬だって3割にも満たない。…そんなことを探りにきたなんて知ったらシロは動揺するぞ。これは僕とモグと彼だけの秘密なんだ」
「シロはわかってんだろ、なんせうちの事業なんだから。ある程度の内輪の人間には知られてることくらい」
「わかってても、わざわざ言いたくはないだろう。そもそも理由なんて彼にしかわからないよ」
空になったタッパーを流しに置く。ナースコールの音がして、モグが部屋へ歩いていく足音がした。
「しかしシロは臆病モノだからなあ。自分から言えないだけなんだ。ご主人を失って、悲しみの淵に追いやられて、そのことでひどく傷付いたままだし。手にした幸せを…というか、これまで知らなかったのに、キイスくんによって知ってしまった幸せというのに彼は溺れ、そしてとらわれているんだろう」
煙をもくもくと立ちのぼらせ、ニシは窓辺に立ちながら言った。
「いや……もともと知っていたのかも。失われた記憶の中で。幸せの中に生きて、その幸せを失って、手に入れて、また失って……そして今だ。クーガくんたちを心の糧にしているようだが、まだ不安定なのだろう。キイスくんに変わる幸せがほしいとは言えないんだ。言ったらダメだと思っているのだな。それは贅沢なことだと」
「カタログにその幸せとかいうのを探しているのか?」
「違う。あれはあくまでもリハビリで、慰めで、それ以上のものではない。人には人の体温があるんだよ。彼の肉体に深く刻み込まれたものがそれだ。それを求めている。…と推測している」
タバコをもみ消し、向きなおる。
「中途半端に関わろうとはするな。ヒトとマモノの溝の深さを何よりも知っているのは、シロ本人なんだから」
ー「よっ」
関わるなと言われたのに、彼はあっさりそれを破り、コトを終えて出てきたシロを玄関前で待ち伏せた。
「なに?ニシ先生を消しにでも来たの?」
「報酬の出ねえ仕事なんかしねえよ」
ウォンを見ても立ち止まらないシロのあとについて歩き出す。
「また夕飯?」
「ちげえよ」
「来るならきのうのカレーがあるけど」
「カレー…」
「ニシ先生食べてなかった?あれ僕が差し入れたやつ。……会ったろ?先生と。クーガには言うなよあのこと。言ったら殺す。お前ごときならたやすいぞ」
「……利用者の情報漏洩は厳禁だ。国の事業なんだから国家機密。破ればお前より先に会長に消される」
聞いているのかいないのか、シロがようやく立ち止まり、振り返った。
「そうだ。君がいるなら、ついでだからまとめて買い出ししよう」
ー「まーた来やがったのか」
大きな袋を両手いっぱいに提げられるだけ提げ、ついでに巨大な麻の袋を載せられたウォン。そのとなりには手ぶらで満足げに笑っているシロ。
「足りなかった道具まとめて買ってきたよ。しかもね、この人がぜーんぶ払ってくれて」
こないだの礼のつもりなのだろうか。
「どんだけ人をこき使う気だ!」と文句を垂れながら、タクシー代まで払ってくれた。そして夜、再び3人で食卓を囲んだ。
「クーガ、食べ終わったら道具の補充しといて」
「ん」
「2人いればすぐ終わるな」
シロがウォンを見やる。
「…へいへい」
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