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「生い立ち…?」
結局皿洗いまでさせられてから、ウォンはようやくクーガの手伝いに取り掛かった。
消耗品を細かく仕切った抽出しに、何に使うんだかさっぱりわからない小さな部品を収めていく。備品の補充を手伝わされているが、ウォンがいちばん嫌いなタイプの作業だ。
「お前は人間の親父とシロのあいだに生まれた魔物のハーフだろ。弟ふたりも。親父さんとシロはどんな生い立ちだ?」
「そんなの本人に聞けよ…つっても、母さんもあんま話したがらない。ロベルタは何も言わないのか?」
「こないだ聞いたが…シロは子どもの頃に拾った、とだけ」
「親父も母さんも孤児だったそうだ。よくある話。親父の両親…俺らのじいさんやばあさんは、戦争で死んだらしい。で親父は教会の人たちに保護されて、そこで勉強しながら生活して、18で教会を出てこの商売を始めたらしい」
「ずいぶん若いうちからやってたんだな」
「ああ。でも母さんのことはよく知らない。まあ魔物だから、昔はあの川向こうの山にいたんだろ。それで人里に下りてきて…ってことだと思うけど。昔のことなんか覚えてないよ、ってはぐらかすからな。でもロベルタを愛しているわけじゃないが、ロベルタがいたからここまで生きられた、とは言ってる」
「…シロは今でも軍のリストに載っている。それほどに危険な個体だったらしい。会長はよく危険をかえりみずに拾ったな」
「使えると思ったからだろう。それよりお前こそナニモノなんだよ。母さん以外で、こんなに人間じみた魔物を見たのはあんたが初めてだ。それも俺たち兄弟のようなハーフとかじゃなく、完璧な魔物で」
「たまにはこんなのがいたっていいだろう」
「あんたの親は生きてるのか?」
「いいや。俺もガキの頃に天涯孤独になった。親のことはあんまり記憶にないんだ、気が付いたらひとりだった。組織に入る前に、会長に俺の親に何か心当たりはあるか聞いたが、知るわけねえだろって言われた」
「本当はロベルタの指示で殺されてたりしてな」
「そうであっても今さら是非は無え。殺されたということは、それなりの訳があったんだろ」
「ずいぶんドライだな。もし殺されてたら仇を討とうとは思わないのか?」
「まあ、目の前に殺したヤツが現れたら、俺が殺られる前にとりあえず殺すと思うけど。…けどどうせ魔物だ。人でも襲って殺されたんだろ。人間だろうが魔物だろうが、まっとうな生き方をしなけりゃ最後は殺られる。よく覚えとけ、正しく生きろよ。シロを悲しませるな」
「マモノのマフィアに説教される筋合いはねえよ」
「そりゃー悪かったな」
「…母さんを殺したりしないでくれよ」
「今のところ依頼はねえから安心しろ。それにうちは魔物狩りの依頼は請け負ってない。第一あいつを始末するってなったら、組織を総動員するハメになる。割りに合わねえよ。奴はそこらのちんけな魔物とはわけがちがう」
「…なあ、母さんのことどう思う?」
「は?」
「率直に。怖いと思うか?」
「いや…話でしか、かつてのシロを知らないしな」
「と言ったって、ほんの20年前までのことだろ。俺にとっちゃあ大昔だけど、街の年寄りたちにとっちゃ、戦争よりもずっと新しい記憶の範囲だ。母さんがロベルタの魔物だったことは」
「たしかに、まだ伝説になるには尚早かもな」
「この街の人たちは、もとをたどれば流れ者の家系ばかりだから、きっとそれなりに順応してくれてるんだ。人間じゃない奴が紛れて暮らしてるのを。…でもやっぱり、どこかで一線ひいてる」
「そりゃあ仕方のねえことだ。みんなきっちり棲み分けられた場で平和に生きたいのさ」
「弟たちが寄宿してるのも、俺がガキの頃、同級生にいじめられたからだ。魔物の子どもってな。そいつらの親は血相を変えてうちに謝りにもきたけど、子どものいうことだから、って母さんたちは言ってた。…けど子どもが言ってることは、たいがい親の頭の根底にあることだ。母さんが夜中に泣いて親父に謝ってるのを見てな。親父も、見たことねえようななんとも言えない悲しそうな顔で。なんか、俺はそっちの方が許せなくて」
「そのガキ共にはちゃんとやり返したか?」
「いーや。まあケンカの仕方を覚え始めてから、徐々になくなってった。今そいつらの何人かはうちの客にもなってるし、俺もそいつらと至ってフツウにやれてると思う。…あの頃は悪かったって言われてさ。別にいいんだ、本当にガキの頃のことだから。でも謝られた理由は、そいつらが成長するに従って、大人たちと同じように、やっぱり魔物は怖いからだと気付き始めたからなんじゃないかって思ってな。俺たちがただの人間だったら、もっと状況は違うんじゃねえかな」
「ていうか、それしかねえだろ。やべー奴をいじめちまった、いつか報復されるかも、よしその前に謝ろう、ってことさ」
「母さんはもうロベルタの魔物じゃない。けどやったことは消えない。それはいいんだ。仕方ない。でも親父が死んで、よりいっそう街の人たちは警戒してるんじゃねえかな」
「制御役が無くなったから、何をしでかすかわからんってか?」
「ああ。親父がいたから悪さをしなかっただけなんじゃないかとか、なんかそういう」
「…商売はうまくいってんのか?」
「親父が死んでから収入は少し減ったよ。でも母さんはお客のためになんでも頑張ってやってるから、それを気に入ってくれてる人たちは仕事をくれる」
「そりゃあ結構なことだな。旦那にしか任せられない仕事を頼んでた奴が減っただけさ。シロが主人になったからじゃない。……それに、時代というものがある。あと20年経ってみろ。シロは魔物だ、コワイ、なんていつまでも言ってる奴なんか恐らくいねえぞ。いや、あと10年、5年でもいい。たいした家柄でもねえのに、こんなことがいつまでも続くなんてうぬぼれんな。資産家とかは別だ。でもお前らは、この街の単なるちょっと貧しいだけの母子家庭さ」
「ハッ。まあそういう意味では弱い立場だ。たいして儲かってもねえ自営業だしな」
「俺はシロを怖いだなんて思わん。お前も、会ったことない弟たちも。シロはかつての会長のお気に入り、ただそれだけだ。けどヤツは特殊すぎた。そして魔物と人間の溝は埋まらない。しょせん魔物は魔物で、人間は獲物だ。シロが人間と同じ理性を持っているだけ。…あいつは、会長の知ってる範囲ではヒトを喰らったことがない。あくまでも生き血のみ。それを今に至るまで。充分信用にあたいする個体だ」
最後の補充を終えて、抽出しをしめる。同時にふところから新しいタバコを取り出し、封を切ってくわえた。
「早く母さんに人間の恋人が出来てほしいけど、まだまだ先のことかな」
「なんだお前、意外と親離れできてんだな。マザコンかと思った」
クーガがウォンのスネを蹴る。
「シロがどうして恋人を欲しがってると思うんだ?」
「一応まだ35だし」
「年寄りは対象外ってか」
「じいさんばあさんになっても恋人なんか欲しいのかよ」
「ガキだな、お前」
ウォンがにやりと笑いながら煙を吐き出す。
「ふつーの人間で、ときどき生き血を分けてくれて、なおかつ子持ちの魔物オッケーのカマ野郎だろ?すぐ見つかる。たやすいさ」
「うーん…やっぱり親父の趣味が特殊だったのかな…?」
ふたりで何かコソコソ話してた?と風呂上がりのシロに問われたが、男同士の話だと突っぱね、睨まれた。その晩、ついでに買っておいたウイスキーで、3人は晩酌をした。
「ひっさびさに飲んだ。そういえば最近、やたら忙しかったからなぁ」
「貧乏暇なしってやつか」
「あーそーだよ。ロベルタさんとこのお偉方みたいに、毎日いい酒を飲めるほど裕福じゃないんでね」
「ウォン、お前ずいぶん入り浸ってるが、こんな時間に酒なんて飲んでていーのかよ」
「俺らの仕事は意外と昼間に多いんだ。ていうかそう毎日毎日人なんか消してるわけねえだろ。それにな、ひとり消しゃあ、ひと月はなんもしなくたって暮らせるくらいの報酬が出るんだ」
「殺し屋のくせに口が軽い野郎だ」
シロが笑い、ウォンも笑う。そしてすっかり酔いつぶれて、ウォンは結局この家で寝ることになった。以前撃たれたときに運ばれた部屋に、再びクーガによって寝かされる。
「ったく、どうしようもねえ掃除屋だな」
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