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流れ流れて生きてきた。 ご先祖様は、かつては海を渡った遠い国で生まれたようだ。灰色の瞳と、ブロンドの髪と、真っ白な肌。 それがやがて、この大陸を渡るごとに黒く染まり、肌はやや黄味がかり、時を経てずいぶんとこの大陸のヒトらしくなったものだ。 毎日毎日、実にくだらない諍いと実にえげつない行為が行われる。ひどく歪んだ街ばかり渡ってきたような気がする。だが迫害を受ける者にとっては、それしか道筋が無かったのだ。 「サイラス……」 その道筋の中に、忘れられない人がいる。 窓外には、だいたい1時間おきに数十秒だけ都市のような街が広がり、それが流れ去ってまた再び田園が広がる。それをいくつか繰り返し、この汽車はこの国で3番目に大きな大河を目指して進んでいた。 レオは初めて自分の店を休業にした。それも長期だ。半月前から、なじみの客たちには告げておいた。そうしたら、荒らされないように見回っておくと言ってくれた者達もいたので、安心して店を閉めることができた。 (えん)はずいぶん無理をしてスケジュールを空けたに違いない。しかしときどきはこうして息抜きをするとも言っていた。 レオは旅をしながら生きてきたゆえに、旅行というものをしたことがない。宛てがあり、目的地があり、そして同じ場所に帰ってこれる。そんなことは初めてだ。だから、閻に大河の街の話をされたときから、嬉しくてたまらなかった。宿泊地は次の停車駅。一晩泊まって、明日の朝に出発し、夕方には着くそうだ。サイラスには会えるだろうか。 「あの鉄塔が並んだとこの、大きな白い建物、あれが今夜の宿だ。あと15分もすれば着く。…身体が痛いだろう」 手の甲で、レオのほほを撫でる。 「いいえ。景色に夢中でしたから、全然」 「明日もまた似たような景色だ」 終着駅に汽車が止まる。すっかり日が暮れていたが、ここは大きな街なので、大小さまざまの明かりがともり、賑々しい街並みであった。 ふたりの目指す宿は、ここでいちばん大きな建物で、歩ける距離なのにわざわざ迎えの車が来ていた。ここから部屋まで、荷物は係りの人間によって運ばれていった。宿に着くと番頭が直々に出迎え、手続きを済ませて部屋に案内されるまで、終始恭しく扱われた。格式の高そうな場所であるが、それにしてもやけに物腰が低い。なるほど、ここは人間が多く利用する宿なのかと、レオは察した。 最上階からは広大な山々が見える。真っ暗だが、ところどころ家々のあるらしき部分がきらめいていた。そのふもとには一面の街の夜景。このホテルは街を一望できるつくりになっている。 「ずいぶんといい宿をとりましたね」 「ロベルタの所有する会社が建てたものだ。出張の際はだいたい奴の宿を取っている」 「そうだったんですか」 「掃除屋の分際で、余計なことまで手広くやっていると思わないか」 「いえ…」 「私は思う。ロベルタに面倒を見てもらって、世話になっていた分際で、生意気なことを言わせてもらうがな。子供の頃から、奴が何かをするたびに幾度も、掃除屋のくせに、と言ってやった。だが奴はまるで嬉しそうに笑うだけだ」 「彼が僕たちを受け入れてくれたときも、ですか」 「そうか…お前のかつての集落を開いたのも奴だったのか。大河の街だけではなかったのだな」 「ええ。貴方からその名を聞いてから、後々になっていろいろと思い起こして、少し調べたのです。ロビー・アリスタ様。ロベルタというから、てっきり女性かと」 「ロベルタというのは、奴の唯一の家族であった祖母の名だそうだ。これも私とは遠い親戚らしきものにあたるが…もともとは欧州の出だ。私は生まれも育ちもこの国だが。調べたなら、それなりの悪党であるということも知っただろう。慈善事業から殺しまで、勢力拡大のためには何でもやる男だ」 閻が葉巻を取り出し、火をつける。 「お前がいちばん嫌う類いの人間かもしれないな。だから奴に会うのは私だけでいい。旅のあいだ、お前に居て欲しかっただけだ。くだらないわがままに付き合わせた」 「ロベルタ様には感謝しています。彼のどちらの側面を見てきたか、ただそれだけの違いではありますが……。僕もロベルタ様にお会いして、お礼を言いたいのです。連れてきてくださって、ありがとうございます」 「…いや…そうか」 「お疲れでしょう、お風呂に入りましょうか。お背中を流します。部屋に温泉がついてるなんて…こんなところに来られただけで幸せ者だ」 目を細めて笑うレオに、閻は愛しさを感じた。どこに居たって、どこに向かったって、この愛妻はこの顔を向けていてくれる。腰を引き寄せキスをする。 流れ流れて、そして流され、生きてきた。その潮流の中で、ようやく出会えたのだ。 ロベルタのもとに居た頃に出会っていたら、もう少し違った人生を得ていたのだろうか。長いキスをして、閻はレオの服を脱がせた。風呂に入るためじゃない、今ここで、この肉体とつながりたいからだ。
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