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「なんかの飾りモンか?」 森で銀の弾丸を拾った。クーガはそれを陽にかざし、その妙な紋様の刻まれた弾を指で回しながら眺めた。 「きれいだな。価値がありそうだ」 ポケットにしまう。 「あ、そういやあいつが撃たれたのって…」 思い出すと同時にあるものが目に入り、ふと立ち止まる。 「これ…あいつが撃たれたときの?」 クーガはニヤリと笑い、ちょうど自分の肩の高さにある、銃弾がハマっていたらしき木の幹の穴を指でつついた。 「貫通して、ここにこの銃弾が刺さったのか。すげえ威力だな」 しかし、そこで違和感を覚えた。 「ケドあいつ…撃たれたのは頭だよな?」 首をひねる。しかし前の仕事が押して次を急いでいたので、まあいいかと呟いて、ボロの自転車で森を走り抜けていった。 「いい加減クルマほしいなぁ。母さん俺のも買ってくれねーかな」 キイスの廃車寸前の軽トラックは、今もシロが使っている。 ー「お前、あまりシロの家に出入りするんじゃない」 事務所のある屋敷の敷地内で、電動車椅子に乗ったロベルタがウォンに声をかけた。 「会長、お散歩中でしたか。そんな車椅子じゃ運動の意味ないっすよ。ちゃんと歩かないと」 「歩いてたがもう疲れた。年寄りにこの庭は広すぎる」 「まだそんな歳じゃないでしょ」 「これだけ生きてもまだ年寄り扱いされないのか」 「いたわったらいたわったで、老人扱いするなって怒るくせに」 「ふん。…それより、お前なんだって何度もシロの家に。もうウチとは関係ない、不必要にカタギの人間に関わるのはやめろ」 「別に悪だくみをしにいってるわけじゃない。ただ、こないだ世話んなったとき、あそこのせがれと仲良くなったから。トモダチに会いに行ってるようなものですよ」 「ふざけるな。いいか、お前が街で市民たちと仲良く世間話するくらいは大目に見てやるが、特定の人間と親交を持つな。ロベルタはマフィアなんかと違った開かれた組織であるが、それはあくまでも表向きだ。ただのひとつの側面でしかない。いいな」 ロベルタが、シロ達を"人間"と呼ぶことに違和感を感じる。 「へいへい気をつけます。それより、お客サマはもうお着きになったんで?」 「もうすぐだ。5時の汽車だと言っていた」 「おひとりですか?」 「ふたりだ」 「ご夫婦?」 「さあな」 「さあなって。そんな得体の知れないモンを招いて大丈夫なんですか?」 「阿呆。お前よりもエンの方がずっと信頼できる男だ。奴が誰かと行動を共にするのは初めてだがな」 「はあ。あんまし変なヤツを呼ばないでくださいよ。…ところで」 ウォンが、ポケットから弾丸を取り出す。 「これ、猟銃の弾」 「弾?」 「さっき森で見つけました。ほら、こないだ俺が頭をやられたやつです。あのインチキの医者が魔物を()ろうとして、流れ弾に当たったときの」 「おおそれか。はは、あれはとんだ笑い話だったなあ」 「これ、まだ木の幹に刺さってましたよ」 「そうか。後生大事にとっておけ」 「撃たれた魔物、こないだニシさん…その医者のとこで見せてもらいまして。ずいぶん小さめのやつでした」 「だから4発で仕留められたんだな。市民が無事でよかった」 「木の幹のね、…こんくらいんとこ」 ウォンは自分の胸のあたりに手をかざした。ロベルタの目が鈍く光る。 「思いっきり刺さってましたよ。魔物と俺の体を貫通するほどの威力なんて……。あんなモンに偶然当たっちまって、俺よく生きてたなあ。もしも心臓だったら死んでたかな。頭でよかった」 「ウォン」 ロベルタが立ち上がると、後ろについていた護衛がすかさず杖を渡した。 「シロの家には行くなよ。あいつはカタギだ。罪を背負って生きていくが、もう奴はこの街の善良な市民のひとりだ。我が組織の人間が関わってはいけない。事業を介してのみ。…これは命令だ。いいな」 そう言うと、静かに背を向ける。 「会長、あまりご無理をなさらず」 「たわけ。お前は所詮、下等な掃除屋であるということを忘れるな」 立ち去るロベルタの背に一礼をする。そして手にした弾丸を、空に向かって力の限り放り投げた。 何でも屋。そうだ、大河の街はそういう商売が盛んでした。 だから僕の集落の付近にも、そういうのを生業としている方が多くて。今はどれほど残っているのでしょうね…少しくらいは老舗が残っているかもしれません。それに、ロベルタ様がまさしくそうではないですか。あの…そう言うと嫌味にとられますが、簡単に言えば、白から黒までやる、何でも屋です。 「白」の方は…単純に機械の修理をしたり、赤ちゃんのお世話を手伝ったり。犬の散歩や、ご年配の方々の話し相手、なんてのもやっていたようですよ。 でも「黒」に手を出すと…危険を侵してばかりですから、それに関わる人は短命で…。 その中に、他とは抜きん出て流行っているお店もありました。あのご主人はご存命なのでしょうか。当時でお幾つだったのか定かではないです。なんせいつも笠を深くかぶって、口元も覆われていましたから。 この店は少し特殊でした。基本的には他の何でも屋と変わりませんでしたけどね。掃除の手伝いとか、家政婦のような仕事も請け負ってましたし、川で魚を捕獲する、なんてのもやってましたよ。…ええ、そのご主人、よく僕達の集落にも来てくださってましてね。出張で、手広くいろいろなことをやっていたそうです。 で、その「特殊」というのが…どうやらその方、催眠術とか呪術めいた能力をもっていたみたいで。簡単なことだと、占いなんかがとてもよく当たったそうです。でも実際に魔術のようなものを見たことはないです。あくまでも噂ですから。呪術で人を操る、なんてのは。 その中でも特に長けていたというのが…これは催眠術の範囲なのでしょうか。彼はのだと、集落の人たちは言っていました。 でもこれは人間には使えません。なんせそれに用いるのが、特殊な弾丸を用いた拳銃だそうですから。人間に使えば当然ですが命はありません。その弾丸には、呪文代わりの紋様が刻まれているのだと聞きました。それをこう…対象物の頭に撃ち込むんだそうです。なんのための能力なんでしょうね?記憶の操作…それも人間には試せない威力のものとなると、大型の動物に?…何の意味があるのでしょうか。 ああなるほど、魔物。そうか、大河の街には魔物が出るんですよね。じゃあ、そのためだったのかなあ。だとすれば確かに効果的かもしれませんね。特殊部隊を呼ぶほどの異形の者と真っ向から戦うよりは、人里に現れた目的そのものを忘れさせてしまった方が、きっとたやすいですもんね。 今もそれを引き継ぐ方はあるのでしょうか。ああそういえば、その笠をかぶったご主人に、いつもついて回っていた男性がいたような。あの方が見習いだとしたら、もしかすると今はその方が…… サイラスですか?そうです、彼は集落に元々住んでいた子供です。ロベルタ様があの地を開放される前から、その辺りの…詳しくは言いませんでしたが、恐らく地主とか名士とかそう言った家柄の子だったのでしょう。もともとあの辺りで暮らしていた方々にとっては、僕達のような流れ者が居着くなんて、迷惑だったでしょうね。だからきっちりと棲み分けをして、同じ地域でありながら、違う街のようにしていました。つまり実質、集落がふたつあったのです。 でもサイラスもそのご両親も、大変有力な立場でありながら、僕達のような者にも分け隔てなく接してくれました。5つとか6つとか、それくらい上だったかなあ。だとすると、当時で彼は12歳とか13歳とか、それくらいか。 顔を合わせない日は無かったんじゃないでしようか。サイラスは街の学校に通ってましたが、帰ってくると必ずこちらの集落に来てくれて、みんなサイラスの姿を見ると、駆け寄っていくんです。みんな彼が大好きでしたよ。僕も彼から、あらゆる遊びや勉強を教わりました。兄のようなものでしたから、なんだかいつも彼のあとにくっついていましたね。 はは、ずいぶんと幼い頃のことなのに、よほど彼への情が強いんでしょうね。彼と会えなくなってから、彼のような人は現れませんでした。本当に優しい子だったのです。 …ですからやっぱり悲しいです。そうか、あの集落は消えてしまったのか…。 ずいぶん悲惨なことなのに、そんなことがあったとはまったく知りませんでした。サイラスはきっとどこかで生きていると信じていますが……でもそれがその魔物の仕業なのだとしたら、あの何でも屋の先代は、例の拳銃を使ったのでしょうか。 やはり、ただの噂だったのかな。…今となっては、ですけどね。 いずれにせよ、大河の街をゆっくり見てみたいものです。あと1時間ほどか…長かったような、あっという間のような。ロベルタ様は待ちくたびれていらっしゃるでしょうね。早くお顔を拝見したいものです…。
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