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けれど、地面に付いた真っ黒な染みを見ると、昨日の光景を思い出して苦しくなる。
そこを見ないように心がけ、私は壊れた門を通って敷地外へと出る。
坂道を下っていると、私と同じように散歩をしている老夫婦の姿があり、
「おはようございます」
「おはよう」
すれ違いざまに挨拶をすれば、老夫婦も笑顔で挨拶を返してくれる。
それが嬉しくて、心が軽くなり。心が軽くなれば、足取りも早くなる。
見慣れてしまった景色でも、心の持ちようで新鮮に見え。朝の澄んだ空気は、さわやかで心地よい。
犬の散歩をする人も、自転車で学校へ向かう学生も。横を通り過ぎていく車達も。
今まで気にしなかったことが気になり、どれも新鮮味を感じる。
冷たい風が吹いた。コンビニの前を通っている最中、その駐車場にバイクが3台止まっていてるのが見え。どれも派手な装飾がなされていて、かなり目立つ存在だ。
バイクの前には若い男性達が座り、店の入り口付近を占領している。そのせいで、店に入れない人もおり、店主らしき男性は店内から迷惑そうに彼等を見るばかり。
そんな男性達を見ながら歩いていると、一人の男性が立ち上がった。二十代くらいの青年は、なぜかこちらに近付いて来ているように思える。
もしそうなら、関わると面倒なことに巻き込まれる。そう思った私は、小走りでコンビニの前を通り過ぎようとした。
「――おい」
車の走行音が聞こえる中、声がひとつ上がる。声に反応して振り向けば、先程の青年が後に立っていて。彼は、明らかに私を睨んでいる。
その鋭い目付きは、とても一般人には見えず。
「あんた、中原沙羅だろ……いや、ですか?」
私に訊いてくる青年は、ゴキゴキと首を鳴らし。服の隙間から覗く刺青は、威圧的な雰囲気を醸し出す。
そうだと答えるか否か。返答に困っていると、何故か青年はニッと笑って、
「兄貴がいつもお世話になってます」
律儀に頭を下げる青年は、その風貌とは裏腹に礼儀正しく。話してみると、意外にも良い人だった。
名前は宮戸優真と名乗った青年は、ニコニコと愛想も良く、悪い印象は受けない。
どうやら、優真君のお兄さんが亮平おじさんの家で働いているらしく、彼はお兄さんを通して私を知ったようだ。
コンビニの前に移動して他の人とも話してみると、みんな良い人達ばかりで。人は見かけによらないというが、本当にそうなのかもしれない。
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