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偶然の再会
「あの時は、ホントにびっくりしたよ」
就職の為にA市から引っ越し、B市で新生活を始めていたオレに、路上で加奈ちゃんが声を掛けてくれたのだ。
「私も! ひょっとして圭君じゃないかなーって思って。思い切って声かけて。圭君にずっとお別れ言えなかったこと、悩んでたんだよ」
彼女が出してくれた料理は、オレが小学校の時に彼女の家で食べたハンバーグとカレーライスだった。
その時の味、そっくりそのままだ。まるで、レシピをコピーしたかの様な再現度の高さだった。
加奈ちゃんはずっとオレの事を考えてくれてたんだと思うと、少し胸が痛んだ。高校を出てから、オレは何人かの女性と付き合った。その間、加奈ちゃんのことはすっかり忘れていたのだ。
彼女の笑顔を見るたび、そして一途な思いをぶつけられるたび、心が痛まない訳でもない。
「そうなんだ。でもさ、しょうがないよね。加奈ちゃんはさ、病気がちだったから」
オレがそう言うと、なぜか加奈は表情を曇らせた。
「……うん、ゴメンね。私、本当にあの時大変で」
楽しいディナーが、少し湿っぽくなった。
「良いんだ、気にしないで。このハンバーグ、最高だね!」
「うん! 『あの時』、圭君が美味しいって言ってくれた時と全く同じレシピだよ」
加奈ちゃんは、自信たっぷりに答えた。
レシピが残っているのかどうか、オレにとってはあまり重要な問題ではなかったが、ここまで完璧に再現できるというのは不思議だと思ったし、「あの時」というのが、どの時だったのか、ぼんやりとしか覚えてないのだが。
だが、彼女にそんなことを言えるはずがないのだ。
それから、オレは忙しく過ごしていた。
しかし、毎日家に帰って「ただいま」というオレに「おかえり!」と言ってくれる彼女の存在が、とても大きな心の支えになっていた。
加奈ちゃんは、体が弱いと言ってあまり外出をしないせいか、家の中をピカピカにしてくれた。しかも、洋食屋顔負けの料理の腕だった。
「これ以上ない、理想のお嫁さん」
それ以外の言葉が、彼女には見つからなかった。
そして嬉しいことに毎日、小中学校時代にオレが好きだったメニューを作ってくれるのだ。
だが一つ。
不思議なことがあった。
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