たまにはええ話を聞かせたろ

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まぁ、あれや、うん。 わしは語り部やよってに、いっつもややこしいことやら、面倒なことやら、話してばっかりや。 せやけど、たまにはええ話もするんやで、ホンマ。 うん、心温まる話や。 とっておきのな。 *---* あんな。 ごっつぅわがままばっかりの女の子がおったんや。 あれしてくれ、あれ買うてくれてか。 言うこと聞かんといつまでも我鳴るわ泣くわ。 相手するんも大層でなぁ、もう親も近所も難儀してたんや。 その日もその子はわがままばかりでな。 おかんもおとんも手ぇ焼いてばかりやったんやが。 御山へ行きたいと、その子ぉが駄駄こねてな。 どないもこないもや。 しゃぁないから、おとんがつれていったんやと。 行きはよかったんやなぁ。 麓の六地蔵を過ぎて、御山の社まで、天気も良くて景色も良くて空気も良くて。 しっかりと神様に「ええ子になってくれ」と祈ったんやと。 で、天気の動いてるんも気ぃつくんが遅うなったんやろうか。 雲に巻かれて帰りの道は霧の中。 隣を歩く我が子の顔も見るにままならんもんで、おとんは手ぇを引いて歩いてたんやが。 両方や。 気ぃついたときには、どちらの手にも子どもの手を引いてたんや。 おとんはぞっとした、 こりゃなんや山の魔物に化かされておると。 右か左か。どちらかはきっと魔物の手なんや。 どっちの手にホンマの子どものそれを引いていたんか、なんぼ考えてもわからへん。 「ままよ」と。 しゃにむに手を引いたまま、おとんは駆けだして、麓の六地蔵まで走った。 気がついたら子の手はひとつ、我がの手の中にあって、そして自分の家まで連れて帰ったんや。 *---* それからはその子はなぁ。 がらりと変わって、 ごっつうええ子になったんやで。 ええ話やろ。 【了】
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