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「おい……」
恐る恐るシートをめくった先には、何と先客が3人もいた。どうりで膨れているように見えたはずだ。
「は……入ってもいいか?」
嫌と言われてもそれ以外の選択肢はないのだが。
「ああ、当然だ。早く入るといい。それより早くシートを閉じてくれ。寒いんでな」
流暢な英語、見るからにアングロサクソンと分かる顔立ちの男だった。
「済まない」
飛び込むように中へ入り、慌ててシートを閉じる。小狭いテントの中に男4人で暗い顔と身体を突き合わせるようにして座り込む。先客の彼らもまた、アタック途中で苦戦しているのだろうか。
ここに暖房器具はないが、吹雪の直撃を受けないだけ遥かにましだ。
「お前。日本人か?」
髭面の男が、かろうじて分かるドイツ語で喋りかけきた。
「ああ」
短く答える。
「そうか。『後から日本隊がくる』と聴いていたからな。そうか」
髭の男はそこで黙った。
「我々英国隊は日本隊とは別ルートだったので、少し遅れて入ったんだがな。天候を読み違えたよ」
最初に俺を招き入れた男が苦笑いした。
「あんたは?」
浅黒い肌の中年男に尋ねると。
「自分は地元ガイドだ。フランス隊についていたが、この吹雪でチームと逸れた」
と下を向いたまま答えた。
未踏峰の山は地元のガイドがないと近寄るのも危険なのだ。そのガイドを失ったフランス隊の運命について、深く考えたくはない。
……いや、そういう話じゃあない。今の状況は。
ひと安心してやや冷静になってきた頭が少しづつ回り始める。嫌な方向に、だ。
俺の知る限り『フランス隊』がアタックしたのはもう1年以上も前のはず。ならば、この男はここで少なくとも1年間をビバーグしていることになる。
それは可怪しすぎる。天候が安定しているときに下山できただろうし、何しろ食料や水もなしでどうやって今まで過ごしていたんだ?
吹雪による寒さとは別の寒さが背中を冷やす。
まて……気を確かに持つんだ。きっとこれは何かの聞き間違いだ。そうに違いない。
『ドイツ隊』は……日本隊の2ヶ月前にアタックに出たと聞いたが、その後の消息については不明で『絶望視』されていると……。
いや、落ち着け。これは俺の記憶違いなんだ、きっと!
『英国隊』は同日にアタックしているが、別ルートのはず。いくら道を外れたとはいえ、都合よくビバーグに遭遇できるものなのか?
静かに呼吸を整え、気づかれないようにそっと皆んなの顔を見渡してみる。……最初は気がつかなかったが、3人とも目の周りの影が怪しい。輪郭がぼやけて見える……何てこった!
俺は今、生きているのか? それとも力尽きて彼ら亡霊の仲間入りを果たしたのか? もう、自分でも分からなかった。
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