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真の『体力の限界』というのはどの時点を以て言うのだろうか。
それは『死ぬ直前』だ。それこそが本当の限界。
だとすれば。
俺はまだ『体力の限界』ではないのだろう。何しろこの猛吹雪の高峰で、まだ足が動いているのだから。だがその限界に肉薄してるのも事実だ。
酸素が薄い。深く積もった足元の雪が容赦なく脚力を剥ぎ取っていく。防寒対策で重ね着に重ね着をしているが、それでも尚、凍てつく寒さが体温を削り取っていく。
吐く息が凍るのがわかる。身体に酸素を補給するために深く呼吸したいが、そんなことをしたら肺が瞬時にして凍結して死ぬだろう。
とっととこんな危険な場所を去りたいが、早足にでもしようもんならすぐに酸欠になるのが目に見えている。
だから、耐えるしかない。一歩づつ歩くしかない。
降り注ぐ白い雪の粒がまるでカーテンのようだ。1メートルより先は何も見えない。果たしてこの踏み出した一歩の先は正解なのか間違いなのか、それすら判断する方法はない。
左手に巻いたGPSを確認するが、この雪では電波の受信も上手く行ってはいない。……示される値に信用性は乏しい。
「……分かっていたことだろ。『下山は地獄だ』って。その上で出発したんだ。何もかも俺が望んだ通りじゃないか。はは……」
世界には人類未踏峰の山がまだいくつか残っている。ただ、それらの多くは地元で神聖視されていて入山許可が降りない永遠の未踏峰だ。
が、しかし。
インドのザンスカールにある通称『L11峰』は違う。標高6045メートルで、政府も地元も入山を禁じていない。だがあまりにも条件が厳しすぎて誰も登頂に成功していないのだ。
ところがここ最近の地球温暖化とやらで話が変わってきた。昔に比べて衛星画像で見る雪の量が減っているという。
『これはチャンス』ということで、世界中の有名なアルピニストたちが色めきだったが、それでもなおL11峰に住む精霊は人類の到達を拒んでいた。
……今日の夕方までは、だ。
16時間前。俺はベースキャンプの総意として「低気圧がきているから夜から吹雪くぞ。今からのアタックでは下山する時間が足りない、もう諦めよう」と決定した中、真夜中に皆が寝静まったのを見計らって単独アタックに出たんだ。何としても諦めたくなかったんだよ。
そして太陽が山陰に沈む寸前に山頂へ立つことに成功した。証拠画像は残してある。だが、ベースキャンプまでの戻りは予想通りの『地獄』だった。
『限界』が近いのは分かっているが、裏切った仲間に救援を依頼するなんてできっこない。いや、依頼したとしてもこの吹雪では救援する方法がない。
「もう……だめ、かな」
朦朧とした意識の中、遂に死を覚悟したときだった。
「何だ……?」
岩陰に見えたそのオレンジ色の物体は行きには見た覚えの無いものだった。道を違えたのだろうか。それは、小さな緊急野営用のテントだった。
「誰か……いるのか」
俺は恐る恐る、そのテントに声を掛けてみることにした。
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