第八章

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 約束もしていない人物を待つのが、こんなに苦しいものだとは思わなかった。 「できるだけ会いにいく」とささやいたあの言葉は、偽りだったのかと疑いたくなるほどに胸が痛む。  頭にはローランからもらった髪留め、右耳にはバジムからもらった耳飾り。 (だからって、ローラン様の前でこの耳飾りは、外したほうがいいわよね)  彼に会いたいと思いながらも、他の男からもらった耳飾りをしている自分を虚しく思う。  仕事だからと割り切った気持ちと、ローランに会いたいと願う一人の女としての気持ちが、心の中でくすぶっていた。  太陽は真上にある。エミーリアがアンとして仕事をするまでには、まだ時間があった。手持無沙汰になっていた彼女は、仕方なく刺繍を始める。これも、ここで働く者たちの嗜みの一つである。  そうやってなんとかもてあました時間をやり過ごし、店に出る時間となった。  結局、その日もエミーリアが祭りに足を運ぶことはなかった。 「アンさん。イレーヌさんのテーブルについてください」
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