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3 茶屋(かふぇ)八(はっち)にて
「こんにちは、信乃さん、注文の焼き菓子、受取りに来たよ〜!」
里見志桜里の元気な声が店内に響く。
商店街の外れにある「八(はっち)」。
一見何の店かは分からない。
入ってみると、色々な種類のお茶と軽いお食事メニューがある茶屋。
「頼んでいた焼き菓子詰め合わせ50袋、用意できた?」
大きな段ボールを5箱ほど抱えて、長身の男性が志桜里に笑顔を向ける。
5箱だけど、中身は焼き菓子なので軽い。
「志桜里ちゃん、ちょうど良かった。今、詰め終わったところだよ。こんなにたくさんお菓子を焼くなんて、危うくオレ、菓子屋になったかと思っちゃった」
ぼやいた信乃が可笑しくて、志桜里は楽しそうに笑った。
「菓子屋じゃない? 八は、カフェでもあるでしょ?」
「カフェと言うより、茶屋だよ」
「なんか、ジジ臭い言い方」
志桜里が八を訪れたのは、市長である父が気に入って訪れている店だと知っていたからだった。
父は、あまり人に見られずにホッとできるいい場所を見つけたと喜んでいた。
探りを入れて自分も訪れてみたが、父の言う通り、一週間に一度だけ焼くという焼き菓子が、殊の外美味しかった。
体格は長身で筋肉質なのだが、女性のような柔和な面立ちで、穏やかな性質の店主、犬塚 信乃にも興味を持った。
志桜里は自分が大学生でボランティアを行っていること、この街に一件だけある児童施設の子どもたちに焼き菓子を贈りたいと思っていることなどを伝えた。
志桜里の気持ちに賛同した信乃は、焼き菓子詰め合わせを50袋、用意する事を約束した。
八が焼き菓子を提供するのは、土曜日の週一回。甘味好きの里見市長の来店に合わせている。
里見市長が帰った後、初めてやって来て、メニューに載せていない焼き菓子を注文した若い女性に、信乃は納得した。
ふとした表情が、里見市長によく似ている、と。
信乃を気に入った志桜里は、毎日のように八を訪れ、店主の信乃と語らった。
二人の目的は一致していた。
「あれ? そう言えば、バイトの仁君は?」
八には信乃と仲の良い、高校生バイトの犬江 仁と言う男子高校生がいる。
美少女然とした美しい顔立ちだが、元気と運動神経の良い、れっきとした少年である。
志桜里の問いに、信乃はフッと笑みを浮かべた。
「政治家……というお家に、ハウスキーパーのバイトに行ってるよ。高いバイト料らしくてね。とても楽しそうに。どんなハウスキーパーをすることやら……」
意味ありげ笑う信乃に、志桜里も笑んだ。
「じゃあ、私もその政治家とやらに、会ってみよっかなぁ」
何が「じゃあ」なのか、信乃は問わなかった。
二人は、口に出さなくても通じ合っているようだった。
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