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5 虎の威を借る狐
「がはは。これは手厳しい。人を小馬鹿にする態度は、お父様譲りですか。私は梓先生の活動に賛同しておりましてねぇ。可哀想な子どもが見ていられない。子どもがいない方から依頼されて、何処の馬の骨とも分からん子どもを、きちんとした家庭に納める。これは、れっきとした慈善事業だよ」
足利の言葉を聞いた園長は、膝の上に置いた両手をギュッと握りしめている。
傍に立っている少女も唇を噛み締めた。
その様子から慈善事業だけではなさそうな事が見て取れた。
「随分と横柄で失礼な言い分ですね。人は物じゃない。納めると言う言葉には、事前事業など感じられないと思うのは、私だけですかね」
思わず信乃が発した言葉は、足利の怒りに火を灯すのには充分だったようだ。
足利が初めて信乃に目をとめ、じっと見つめた。
平たい大きな顔に、分厚く大きな唇。
ぬめりとした視線も含めて、大鯰を連想させた。
「どなたかは知らんが、年上の者には、言い方を気をつけることだな、綺麗なお嬢さん」
足利は信乃を女性だと思ったようだ。
志桜里の知り合いと言うこと、信乃が中性的なことで女性だと錯覚したのだろう。
「あなたこそ年上で、しかも政治家ならば、物の言い方には気をつけた方がいい。先ほどのあなたの言葉は子どもたちや園の先生に対して失礼極まりないでしょう」
穏やかな物言いではあったが、辛辣な信乃の言葉に足利の秘書が険しい表情を浮かべ、信乃に何か言おうとした。
「いい」
秘書を止めたのは足利だった。
ソファから立ち上がり、信乃の前に立つ。
「君のことは覚えておこう」
そう言うと暫く信乃の顔を見つめ、尊大に足音を立てて、秘書と共に出ていった。
バタンと施設の扉が閉まる音を確認し、志桜里は足利たちが立ち去るのを見届けた。
園長室内に戻ってきた志桜里は、足利来訪の理由を尋ねた。
「園長先生には申し訳ない言い方になるけれど、足利は梓の腰巾着。それに、粗野で有名な議員ですよ。付き合うにはいささか、危険が伴うと思うのですが……」
志桜里の言葉を受けて、園長は言いづらそうに口を開いた。
「足利から連絡があったのは、最近です。園に援助をするから、園児たちの写真と簡単なプロフィールを送るよう指示がありました」
「それで、プロフィールを送ったのですか」
信乃の言葉に、園長は頷いた。
「ここは、私設の園です。里見市長は市でなんとか助成をと考えてくれていますが、今のところ運営はかなり厳しいのが現状です」
「足利から何か援助があったのですか?」
「篤志家の方からだ、と100万円の寄付を頂きました。それから、菜々子を引き取りたいとの申し出があったんです」
菜々子と言うのは後ろに立っている少女のことだろう。
「本来であればとても良いお話なのですが……」
そう言って園長は言葉を濁す。
「問題は、山ほどありそうですね」
信乃が柔らかい口調で語りかける。
言いづらそうにしていた園長も、信乃が促すように頷くと、重い口を開いた。
「篤志家、と言うのが問題でしてね。いい噂を聞かない人物なのです。これまで、引き取られた何人かの子どもが、海外留学をさせてもらった後に、現地で消息不明となっているのです」
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