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「いつ戻ったの?」
「少し前です。」
入り口すぐの応接室に通された町田光希は、体を拭き終えたタオルを回収され手持ち無沙汰でその場に突っ立っていた。
「ほら、座ってて」
忙しなく動く年上の男を目で追いながら、促されるまま近くに二つ並んだ1人がけソファの片方に腰掛けた。
志野はそんな彼の動きを見届けて、応接室の空調の電源を入れながら体にべたりと張り付いたジャケットを無理やり脱ぎ始めた。
「…」
まるで見てはいけないものでも見てしまったかのように目を見開いたのはソファに座る年下の男で、彼は気まずそうに視線を地面に這わせてできるだけその年上の男の更衣を見ないよう努めた。
そんな彼の挙動のおかしさに気付いた志野は、どうにか脱げたジャケットを腕にかけながら自分の姿を改めて見た。濃紺スーツの下にあった白シャツは水に濡れて肌とピッタリ合わさりところどころ透けている。
冴えない成人男性のそんな姿にみっともなさを覚えることはあれど、あの町田の挙動はどう見てもそういう類のものではなかった。
「……向こうで着替えてくるよ。何か代わりになるものがあるかもしれないから。」
確かに同性同士とはいえども、狭い応接室でこのみっともない姿を晒すわけには行かないと思い直した志野は、急いでジャケットを持って部屋を出て行こうとした。そこに彼を制する声が上がる。
「やっぱり、帰りましょう。」
応接室に入る前に幾つか問答があった。帰る帰らないの問答は最終的に、話がしたいからという志野の要望が通った形だ。けれど雨に降られた彼を心配した年下は、どうしてもこの年上の男を家に連れて帰りたかった。早く濡れた服を着替えて暖かい湯船にでも浸かって、暖かい布団の下で優しい眠りについて欲しかったのだ。
「久しぶりに会ったんだ。少しで良いからきみの話が聞きたいんだよ。幸いシャツの替えもあったし、下は…見つからないけれどまぁある程度水気も少なくなってきたから。」
穏やかに諭すように彼にそう言い伝えた年上に、彼は諦めたようなため息を吐いて頷いた。何を言ってもあまり聞いてくれないことを知っている。志野はまだ自分のことを、あの時の少年のままだと思っているのだ。
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