雨の日の再会

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「……驚いたんだ。こんなに大きくなっていて。まさか身長を抜かされるとは。」  気まずい沈黙を掻き消すように、志野は話題を変えた。 「僕も、思ってもみませんでした。」  中学1年生の夏。知り合った当時あんなにも大きく感じた志野を、今の彼は見下ろすほどに成長してしまった。  長い手足には程よく筋肉もつき、体つきは逞しく、あの時頼りなく感じられた彼の面影はもうほとんど見当たらなかった。 「それで大学は?進学したとは聞いていたけれど、今は…」 「4年です。」 「4年生か。だとするとどうしてこっちに?長期休暇中?」 「いえ。大学でこっちに研究室があるラボに入ったんです。それで戻ってきました。4年になる前にはもうこっちに居たんですが、なかなか挨拶に来れずすみません。」  他県の大学に進学した彼は、3年の終わり頃の研究室決めでわざと自分の実家の近くに研究室を構えているラボを選んだ。理由は単純である。この目の前の男の近くに居たかったからである。  それでもこちらに戻ってきた後すぐにはこの年上に会いに行かなかったことにも彼なりの理由があり、それは決して今の彼からは明かされることのない密やかな願いからである。 「いやいや、退塾した子達がわざわざ挨拶に来ることなんて滅多にないんだ。こんなに年月が経った後でもこうやって覚えていてくれるなんて本当に嬉しいよ。」 「……忘れるわけがありません。」  そう噛み締めるように呟いた年下を、志野は可愛らしいものを愛でるかのように見つめていた。 「ありがとう。」  この年上の放つ柔らかい口調は7年が経った今も変わらず、それに深い安心感を覚えるとともに酷く町田という人間の自尊心を脅かしてくる。  どれだけ時が経とうとも彼にとってこの年下は、あの時のあの少年のままであり、7年の月日で彼がいくら誰もが目を見張るほどの洗練された人間に成長しようとも、それが変わることはないと突きつけられたようなものであった。 「それで、大学では何を学んでいるんだ?専攻は?」  ソファに座り直した志野から、さて質問責めにしてやろうという気概が感じられた。町田は一つ一つに丁寧に答えながら、その一つ一つに目を輝かせる対面の男の表情の変化を決して見逃すまいとただ熱心に見つめた。 「そうか、理系か。うん。間口が広いからとても良い選択だと思う。元々君は数学が得意だったから…」 「貴方が勧めてくれたんです。」  何か感慨深そうに宙を見つめて言葉を紡ぐ年上を遮ってそう伝える。言葉を取られてしまった志野は咄嗟に目の前の彼をみた。視線がぶつかり、また柔らかく笑みを浮かべたのはやはり志野である。  この男は笑顔を浮かべるととても30代とは思えないほど若々しくなる。屈託のない少年のような笑顔は年齢を重ねても変わらず、変わったところといえば幾分か目尻の皺が増えたくらいである。 「うん、よく言っていた気がする。そんなことを覚えているとは思いもしなかったけれど」 「覚えています。貴方にもらった言葉は全て」 「……そんな大層なことは言っていないと思うから忘れてくれて構わないよ。寧ろ可笑しなことを覚えられていても困るから。」  志野はそう言って笑った。この年下に何か余計なことを言っていないだろうか、と少し焦って記憶を辿ったりもした。  そんな彼の様子を見て、町田はまた酷く自尊心を脅かされていた。どれだけ彼への重い気持ちを言葉にしたところで、こうするりと受け流されてしまっては成す術がない。  テーブルの上のホットココアからはまだ湯気が上っている。町田の視線の先にあったマグカップを両手で持ち上げたのは向かいに座る男である。志野はそのマグをとても大事そうに両の手のひらで包むように掴み、手のひらから伝わる温かさに顔を綻ばせながら、そのカップの淵に口をつけた。  年上の男の顔はマグカップと自身の手によって隠され、ただ顕になった首筋だけが町田の目に映っている。一口飲み込むたび喉仏が上下した。不意に外れたカップから志野の顔が覗いた。薄桃色の唇にちょこんとついたココアの残り滓を見つけて指摘しようと口を開けた瞬間、目の前の年上はその唇から覗いた真っ赤な舌で残り滓をペロリと舐め取ってしまった。  目の毒だ。年下は思わず視線を逸らした。バクバクと鳴り響く心音をどうにかこの人には知られまいと必死に平静を装いながら。
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