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プロローグ
夢に見ていた。
いつか誰かと──心を通わせることが出来たら。
周りと同じように出来ない自分を、誰かがもしも愛してくれたのなら。
いつか消える。
いつか。
『きみは、本当は──』
今も残るあの声。
あれは呪いだった。
俺を今も縛り付ける。
消したくても消えない、塗り潰しても塗り潰しても浮かび上がってくる。多分死ぬまでそっと、影のように足元に潜んでいる。
なくなることなんてもうないと分かっているのに、馬鹿な俺は変わらず同じことを繰り返しては、また同じように後悔している。
***
こんなはずじゃなかった。
こんなんじゃない。
違う。
思い描いていたのはもっと、もっと──
「あ…、っ、…」
「…口、開けて」
熱を孕んだ男の声が耳元を掠める。
熱い。
その息のかかる肌が燃えるようだ。自分の口から零れるのは今まで聞いたことがないほどの甘さを孕んでいる。
「開けなって。ほら、舐めて…」
押し込まれた指は長くざらりとしていた。とっさに逃げる舌先を捕らえられ、ぐっと押し付けられると涙が滲んだ。
「そ、いい子だね、いっぱい舐めて」
「ふ、…っん、んんぅ…!」
「あー気持ちい」
男が笑いながら汗の浮く自分の口の端を舐めた。その舌先の赤さにぞくりとする。ざらりとした指にいいように口の中を掻き交ぜられているのに。
「っ、…ん、や…あっ、んぐ」
「…かーわいー」
「んんぅ…」
「ふふ…、いいね」
うっとりと笑い、男は俺の喉をぞろりと舐めた。三本の指で頬の内側を擦り、ねっとりと執拗に抜き差しする。バラバラに動く指、喉の奥に他人のものを押し込まれる息苦しさに涙が滲む。ぎゅっと目を閉じると、くすりと笑う気配が近づいてきて、濡れた舌に目尻を舐められた。
「…ん…!」
びくりと跳ねた肩をシーツに抑えつけられるとそっと耳元に男は囁いた。
「ね、初めてがオレでよかったでしょ? いっぱい気持ち良くしてあげる」
「ん…っ、あ、う、ぐ…っ」
「信じらんないほどイケるよ?」
背中の下で一纏めにされた腕が軋んだ。藻掻けば藻掻くほど手首を縛ったタオルが肉に食い込んで痛い。薄っぺらいそれはまるで包帯のように強固で、ちっとも外れる気がしなかった。
「い…っ」
嫌だ。
嫌だ。
「や、いや…っ」
「力抜いて?」
押し込まれていた指がずるりと抜けた。俺の尻の狭間に濡れたその指が触れる。ぬぷ、と眩暈がしそうな音を立て、奥まったそこに入って来た。
「あ、や、…っぁ…っ」
誰も──誰にも触れられたことのない場所。
遠慮なしに割り開かれる。
閉じることの出来なくなった口から、声にならない悲鳴が漏れる。涎が顎に垂れ、シーツに落ちた。
「あー…、たまんねえ」
男は俺を俯せにすると腰を引き寄せた。脚の間に男の体を感じる。纏められた腕のせいでシーツに顔を埋めることしか出来ない。もがく背中に密着する男の胸、のしかかる重さに息が吸えない。
「や、いやっ、やだ、やっ、ああっやだああっ」
男の下から逃げようと伸ばした腕、シーツをきつく掴んだ手の上から手を重ねられる。
項にかかる息が熱い。もがく体を抑え込まれる。苦しい。耳朶を思いきり噛まれ背中が撓る。
きつく首筋を吸い上げられた。
「ほーら、いい子にして?」
こんなはずじゃなかった。
本当は違う。
ただ、知りたかっただけだ。
知りたかった。
それだけだったのに。
俺はやっぱり馬鹿だ。
どうして我慢できなかったんだ。
「あー…っ」
自分に腹が立つ。
どうして──
指で開かれたそこに男の熱が当たる。押し付けられたその硬さに喉が締まる。感じた瞬間、俺はどうにもならない現実にきつく目を閉じ、唇を噛みしめた。
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