アムンゼン 23

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 私とアムンゼンは、ロールス・ロイスから、駐車場に降りた…  が、  地上に立った私は、なにか、変だ?  と、気付いた…  なにが、変なのか?  考えた…  すると、この駐車場に、クルマが、一台もないことに、気付いた…  いつもなら、満車の駐車場だ…  クルマで、いっぱいになった駐車場だ…  それが、今は、この駐車場に、あるのは、このロールス・ロイスだけ…  このロールス・ロイス一台だけだった…  私はどうしてか、考え込んだ…  そして、そんな私の様子に、同じくロールス・ロイスから、降りた、アムンゼンが、気付いた…  「…矢田さん、どうしたんですか? …なにを、考えているんですか?…」  と、聞いた…  「…いや、この駐車場は、いつも、満車なのに、今日は、このロールス・ロイスだけ…それが、不思議でな…」  「…なんだ? …そんなことですか?…」  「…そんなことだと?…」  「…そうです…そんなことです…」  「…どういう意味だ? この駐車場が、ガラガラな理由がわかるのか?…」  「…それは、簡単です…」  「…簡単だと?…」  「…そうです…」  「…だったら、この駐車場が、今、ガラガラな理由を説明して、みろさ…」  「…サウジアラビア大使館を通じて、いつも、この駐車場に止まっている、クルマを一時的に、他の場所に、移動して、もらったんですよ…」  「…なんだと?…」  私は、唖然とした…  まさか?  まさか、そんなことが?  私が、ビックリ仰天していると、  「…オジサンの言う通りです…」  と、ロールス・ロイスの運転席から、降りたオスマンが、言った…  「…オジサンは、いつも、狙られています…だから、用心のために、あらかじめ、今回のように、クルマを駐車する場合は、周囲にクルマが、ないように、します…」  「…なんだと?…」  「…この駐車場に止めるのは、想定内…だから、事前に、この駐車場の持ち主に連絡して、他のクルマを、すべて動かして、もらいました…」  「…どうして、そんなことを?…」  「…オジサンが、狙われないためです…」  「…それと、クルマをどけるのと、どういう関係があるんだ?…」  「…クルマが、置いてあれば、その中に潜んだテロリストが、いきなり、クルマの中から、飛び出して、オジサンを襲うかも、しれません…」  「…なんだと?…」  「…直接、拉致はしなくても、拳銃や自動小銃で、オジサンを至近距離から、狙うかも、しれません…」  「…」  「…だから、そうさせないように、あらかじめ、オジサンの近くには、ひとやものを、近寄らせないように、徹しています…警備の原則です…」  オスマンが、告げた…  当たり前のように、告げた…  私は、驚いた…  文字通り、仰天した…  確かに、説明して、もらえれば、わかる…  わかるのだ…  しかしながら、それは、ドラマや、小説の中の出来事…  現実に、それを、目の当たりにすることは、ないからだ…  だから、驚いた…  ビックリ仰天した…  だが、それを、聞いて、アムンゼンが、一言、  「…もういい、オスマン…ご苦労…」  と、言った…  いかにも、不機嫌に言った…  私は、そんなアムンゼンの態度を見て、相変わらず、不機嫌だなと、思った…  そして、同時に、  …なぜ、不機嫌なのか?…  考え込んだ…  考え込んだのだ…  当然、不機嫌な理由があるはず…  その理由を考え込んだのだ…  そして、私は、そんなことを、考えながら、ラーメン屋に向かった…  あの行列ができるラーメン屋に向かったのだ…  が、  いざ着いてみると、驚いた…  いつもは、大勢、列をなして、並んでいる、行列の人影が、ないのだ…  店の前に、誰も並んでないのだ…  …これは、一体、どういうことだ?…  …まさか?…  …まさか、このアムンゼンが、なにかしたわけでは、あるまいな?…  私は、思った…  思ったのだ…  そして、そんなことを、思いながら、店の暖簾をくぐると、  「…いらっしゃいませ…お待ちしておりました…」  と、店の大将が、言った…  店の大将=主人が、言った…  …お待ちしてました、だと?…  私は、私の細い目をさらに細くして、店主を見た…  店の主人を見た…  それから、ふと、気付いて、慌てて、店内を見回した…  すると、思いがけないことが、わかった…  やはり、店の中が、ガラガラなのだ…  さっきの、駐車場と、いっしょだ…  あそこの駐車場は、この店の駐車場が、たしか、数台分あり、他は、別の持ち主…  それを、すべて、クルマをどけて、ガラガラにした…  このアムンゼンのために、他のクルマは、置かないようにした…  と、いうことは、やはり…  やはり、この店も、同じ?…  そう思っていると、主人が、  「…今日は、よろしくお願いします…」  と、丁寧に、頭を下げた…  明らかに、アムンゼンに頭を下げた…  私は、驚いた…  驚いたのだ…  なぜなら、普通は、店の主人が、頭を下げるのは、私か、オスマン…  子供のアムンゼンではなく、大人の私か、オスマンのどちらかだ…  それが、子供のアムンゼンに頭を下げたからだ…  …もしや、知っている?…  …このアムンゼンが、アラブの至宝だと、知っている?…  一瞬、そんな考えが、脳裏をかすめた…  しかしながら、そんな考えが、脳裏をかすめたのは、今、言ったように、一瞬…  一瞬に過ぎない…  この店の主人が、アムンゼンの正体を知っているはずが、ないからだ…  だから、私は、急いで、  「…このお子様が、どなたか、ご主人は、知っているんですか?…」  と、尋ねた…  すると、主人が、開口一番、  「…いえ、今日、サウジアラビアのお偉いさんが、いらっしゃるから、店は、貸し切りにして下さいと、外務省の方から、連絡を受けて…」  と、答えた…  「…が、外務省?…」  「…ええ、直接、外務大臣が、この店に、やって来て、このオレに、頭を下げるんです…オレもテレビで、外務大臣の顔は、知っているから、驚きました…」  と、驚いた顔で、私に説明した…  それを、聞いたアムンゼンが、  「…事前にボクから、サウジアラビア大使館に連絡したんです…」  と、告げた…  「…連絡?…」  と、私。  「…そうです…仲の良い、友人が、この店のラーメンを食べたがっているんで、なんとか、ならないかと、相談したんです…きっと、それを、聞いて、サウジアラビア大使館から、日本政府に連絡したんでしょう…」  と、アムンゼンが、こともなげに言う…  私は、ビックリしたが、それ以上に、ビックリしたのは、今、このアムンゼンが、私のことを、  …仲の良い友人…  と、表現したことだ…  それを聞いて、私の心に、光明が差し込んだ…  私のことを、  …仲の良い友人…  と、言ったということは、希望がある…  この矢田が、処刑されない希望が、あるということだ…  私は、思った…  思ったのだ…  私が、そんなことを、考えていると、店の主人が、  「…こちらへ…」  と、私たち3人を、席に案内した…  私たち3人は、店の主人に導かれるまま、案内された席に着いた…  それから、私は、考えた…  なぜ、私をアムンゼンが、この店に招待してくれたのかも、そうだが、それ以上に、アムンゼンの不機嫌の理由を考えたのだ…  当然、なにか、不機嫌な理由があるからだ…  なにか、アムンゼンが、不機嫌になった理由があるからだ…  私は、そんなことを、考えて、席を座っていると、  「…お待たせしました…」  と、店主が、ラーメンを運んできた…  私が、夢にまで、見た、この店の特製ラーメンを運んできた…  「…さあ、頂くとするさ…」  と、言って、急いで、食べたが、実にうまかった…  うまかったのだ…  ネットの評判は。当てにならないと、昨今言われているが、この店に限っては、それは、違った…  評判通り、うまかったのだ…  そして、食べながら、ふと、気付くと、まだアムンゼンも、オスマンも、一口もラーメンに口をつけていないことに、気付いた…  私は、食べるのを止めて、  「…オマエたち、どうして、食べないのさ…」  と、二人に、聞いてやった…  すると、オスマンが、  「…ボクたち、サウジアラビア国民は、イスラム教徒…ハラールといって、宗教上、食べてはならないものが、多いんです…例えば、豚肉が、そう…豚肉から取ったダシも、食べては、ダメです…それが、このラーメンには、この通り、チャーシューもある…それで…」  と、説明した…  私は、その説明を聞いて、驚いたが、たしか、以前、ハラールについては、聞いたことがあると、気付いた…  たしか、私そっくりの外見を持つ、矢口のお嬢様…  矢口トモコが経営する、安売りスーパー、スーパージャパンで、あのお嬢様が、ハラールの食品を扱うとかなんだとか、言っていたのを、思い出したからだ…  そして、私が、そんなことを思い出していると、  「…では、食べましょう…」  と、言って、アムンゼンが、出されたラーメンを食べだした…  途端に、隣に、座るオスマンが、  「…オジサン…」  と、叫んだ…  すると、アムンゼンが、  「…たまには、戒律を破っても、構わない…今日は、矢田さんを喜ばすために、この店に招待したんだ…矢田さんだけ、食べてもらっても、いいが、ボクたちが、いっしょに食べなくては、矢田さんも気持ちよく食べることが、できないゾ…」  と、言った…  「…ですが、オジサン…イスラムの戒律を破っては…」  と、オスマン。  「…オスマン…オマエが、ボクに隠れて、たまに、アルコールを飲むのを知らないとでも、思っているのか?…」  アムンゼンが、突然、指摘すると、  「…エッ?…」  と、オスマンが、絶句した…  「…アルコールは、イスラム教徒は、宗教上、御法度…違うか?…」  「…」  「…だから、今日は、それと、同じだ…固く考えるな…オスマン…たまには、戒律を破っても、いいんだ…」  「…でも、オジサン…ボクもオジサンも王族…率先して、戒律を守らなければ…」  「…それは、時と場合による…」  アムンゼンが、言いながら、ラーメンをすすった…  私は、そんなアムンゼンを、見ながら、  …もしや、ヤケになっている?…  …もしや、自暴自棄になっている?…  と、考えた…  なぜなら、このオスマンの言う通り、イスラム教徒には、戒律があり、普段は、食べてはいけないものがある…  それを、王族のアムンゼンが、今日は、率先して、破っているからだ…  だから、もしかして、ヤケになっていると、思ったのだ…  それに、気付いた私は、ラーメンをすする手を止めて、  「…やはり、リンか?…」  と、いきなり、言った…  同じくラーメンをすする、アムンゼンに向けて、言った…  途端に、ラーメンをすするアムンゼンの手が、止まった…  止まったのだった…                <続く>
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