1人が本棚に入れています
本棚に追加
私とアムンゼンは、ロールス・ロイスから、駐車場に降りた…
が、
地上に立った私は、なにか、変だ?
と、気付いた…
なにが、変なのか?
考えた…
すると、この駐車場に、クルマが、一台もないことに、気付いた…
いつもなら、満車の駐車場だ…
クルマで、いっぱいになった駐車場だ…
それが、今は、この駐車場に、あるのは、このロールス・ロイスだけ…
このロールス・ロイス一台だけだった…
私はどうしてか、考え込んだ…
そして、そんな私の様子に、同じくロールス・ロイスから、降りた、アムンゼンが、気付いた…
「…矢田さん、どうしたんですか? …なにを、考えているんですか?…」
と、聞いた…
「…いや、この駐車場は、いつも、満車なのに、今日は、このロールス・ロイスだけ…それが、不思議でな…」
「…なんだ? …そんなことですか?…」
「…そんなことだと?…」
「…そうです…そんなことです…」
「…どういう意味だ? この駐車場が、ガラガラな理由がわかるのか?…」
「…それは、簡単です…」
「…簡単だと?…」
「…そうです…」
「…だったら、この駐車場が、今、ガラガラな理由を説明して、みろさ…」
「…サウジアラビア大使館を通じて、いつも、この駐車場に止まっている、クルマを一時的に、他の場所に、移動して、もらったんですよ…」
「…なんだと?…」
私は、唖然とした…
まさか?
まさか、そんなことが?
私が、ビックリ仰天していると、
「…オジサンの言う通りです…」
と、ロールス・ロイスの運転席から、降りたオスマンが、言った…
「…オジサンは、いつも、狙られています…だから、用心のために、あらかじめ、今回のように、クルマを駐車する場合は、周囲にクルマが、ないように、します…」
「…なんだと?…」
「…この駐車場に止めるのは、想定内…だから、事前に、この駐車場の持ち主に連絡して、他のクルマを、すべて動かして、もらいました…」
「…どうして、そんなことを?…」
「…オジサンが、狙われないためです…」
「…それと、クルマをどけるのと、どういう関係があるんだ?…」
「…クルマが、置いてあれば、その中に潜んだテロリストが、いきなり、クルマの中から、飛び出して、オジサンを襲うかも、しれません…」
「…なんだと?…」
「…直接、拉致はしなくても、拳銃や自動小銃で、オジサンを至近距離から、狙うかも、しれません…」
「…」
「…だから、そうさせないように、あらかじめ、オジサンの近くには、ひとやものを、近寄らせないように、徹しています…警備の原則です…」
オスマンが、告げた…
当たり前のように、告げた…
私は、驚いた…
文字通り、仰天した…
確かに、説明して、もらえれば、わかる…
わかるのだ…
しかしながら、それは、ドラマや、小説の中の出来事…
現実に、それを、目の当たりにすることは、ないからだ…
だから、驚いた…
ビックリ仰天した…
だが、それを、聞いて、アムンゼンが、一言、
「…もういい、オスマン…ご苦労…」
と、言った…
いかにも、不機嫌に言った…
私は、そんなアムンゼンの態度を見て、相変わらず、不機嫌だなと、思った…
そして、同時に、
…なぜ、不機嫌なのか?…
考え込んだ…
考え込んだのだ…
当然、不機嫌な理由があるはず…
その理由を考え込んだのだ…
そして、私は、そんなことを、考えながら、ラーメン屋に向かった…
あの行列ができるラーメン屋に向かったのだ…
が、
いざ着いてみると、驚いた…
いつもは、大勢、列をなして、並んでいる、行列の人影が、ないのだ…
店の前に、誰も並んでないのだ…
…これは、一体、どういうことだ?…
…まさか?…
…まさか、このアムンゼンが、なにかしたわけでは、あるまいな?…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、そんなことを、思いながら、店の暖簾をくぐると、
「…いらっしゃいませ…お待ちしておりました…」
と、店の大将が、言った…
店の大将=主人が、言った…
…お待ちしてました、だと?…
私は、私の細い目をさらに細くして、店主を見た…
店の主人を見た…
それから、ふと、気付いて、慌てて、店内を見回した…
すると、思いがけないことが、わかった…
やはり、店の中が、ガラガラなのだ…
さっきの、駐車場と、いっしょだ…
あそこの駐車場は、この店の駐車場が、たしか、数台分あり、他は、別の持ち主…
それを、すべて、クルマをどけて、ガラガラにした…
このアムンゼンのために、他のクルマは、置かないようにした…
と、いうことは、やはり…
やはり、この店も、同じ?…
そう思っていると、主人が、
「…今日は、よろしくお願いします…」
と、丁寧に、頭を下げた…
明らかに、アムンゼンに頭を下げた…
私は、驚いた…
驚いたのだ…
なぜなら、普通は、店の主人が、頭を下げるのは、私か、オスマン…
子供のアムンゼンではなく、大人の私か、オスマンのどちらかだ…
それが、子供のアムンゼンに頭を下げたからだ…
…もしや、知っている?…
…このアムンゼンが、アラブの至宝だと、知っている?…
一瞬、そんな考えが、脳裏をかすめた…
しかしながら、そんな考えが、脳裏をかすめたのは、今、言ったように、一瞬…
一瞬に過ぎない…
この店の主人が、アムンゼンの正体を知っているはずが、ないからだ…
だから、私は、急いで、
「…このお子様が、どなたか、ご主人は、知っているんですか?…」
と、尋ねた…
すると、主人が、開口一番、
「…いえ、今日、サウジアラビアのお偉いさんが、いらっしゃるから、店は、貸し切りにして下さいと、外務省の方から、連絡を受けて…」
と、答えた…
「…が、外務省?…」
「…ええ、直接、外務大臣が、この店に、やって来て、このオレに、頭を下げるんです…オレもテレビで、外務大臣の顔は、知っているから、驚きました…」
と、驚いた顔で、私に説明した…
それを、聞いたアムンゼンが、
「…事前にボクから、サウジアラビア大使館に連絡したんです…」
と、告げた…
「…連絡?…」
と、私。
「…そうです…仲の良い、友人が、この店のラーメンを食べたがっているんで、なんとか、ならないかと、相談したんです…きっと、それを、聞いて、サウジアラビア大使館から、日本政府に連絡したんでしょう…」
と、アムンゼンが、こともなげに言う…
私は、ビックリしたが、それ以上に、ビックリしたのは、今、このアムンゼンが、私のことを、
…仲の良い友人…
と、表現したことだ…
それを聞いて、私の心に、光明が差し込んだ…
私のことを、
…仲の良い友人…
と、言ったということは、希望がある…
この矢田が、処刑されない希望が、あるということだ…
私は、思った…
思ったのだ…
私が、そんなことを、考えていると、店の主人が、
「…こちらへ…」
と、私たち3人を、席に案内した…
私たち3人は、店の主人に導かれるまま、案内された席に着いた…
それから、私は、考えた…
なぜ、私をアムンゼンが、この店に招待してくれたのかも、そうだが、それ以上に、アムンゼンの不機嫌の理由を考えたのだ…
当然、なにか、不機嫌な理由があるからだ…
なにか、アムンゼンが、不機嫌になった理由があるからだ…
私は、そんなことを、考えて、席を座っていると、
「…お待たせしました…」
と、店主が、ラーメンを運んできた…
私が、夢にまで、見た、この店の特製ラーメンを運んできた…
「…さあ、頂くとするさ…」
と、言って、急いで、食べたが、実にうまかった…
うまかったのだ…
ネットの評判は。当てにならないと、昨今言われているが、この店に限っては、それは、違った…
評判通り、うまかったのだ…
そして、食べながら、ふと、気付くと、まだアムンゼンも、オスマンも、一口もラーメンに口をつけていないことに、気付いた…
私は、食べるのを止めて、
「…オマエたち、どうして、食べないのさ…」
と、二人に、聞いてやった…
すると、オスマンが、
「…ボクたち、サウジアラビア国民は、イスラム教徒…ハラールといって、宗教上、食べてはならないものが、多いんです…例えば、豚肉が、そう…豚肉から取ったダシも、食べては、ダメです…それが、このラーメンには、この通り、チャーシューもある…それで…」
と、説明した…
私は、その説明を聞いて、驚いたが、たしか、以前、ハラールについては、聞いたことがあると、気付いた…
たしか、私そっくりの外見を持つ、矢口のお嬢様…
矢口トモコが経営する、安売りスーパー、スーパージャパンで、あのお嬢様が、ハラールの食品を扱うとかなんだとか、言っていたのを、思い出したからだ…
そして、私が、そんなことを思い出していると、
「…では、食べましょう…」
と、言って、アムンゼンが、出されたラーメンを食べだした…
途端に、隣に、座るオスマンが、
「…オジサン…」
と、叫んだ…
すると、アムンゼンが、
「…たまには、戒律を破っても、構わない…今日は、矢田さんを喜ばすために、この店に招待したんだ…矢田さんだけ、食べてもらっても、いいが、ボクたちが、いっしょに食べなくては、矢田さんも気持ちよく食べることが、できないゾ…」
と、言った…
「…ですが、オジサン…イスラムの戒律を破っては…」
と、オスマン。
「…オスマン…オマエが、ボクに隠れて、たまに、アルコールを飲むのを知らないとでも、思っているのか?…」
アムンゼンが、突然、指摘すると、
「…エッ?…」
と、オスマンが、絶句した…
「…アルコールは、イスラム教徒は、宗教上、御法度…違うか?…」
「…」
「…だから、今日は、それと、同じだ…固く考えるな…オスマン…たまには、戒律を破っても、いいんだ…」
「…でも、オジサン…ボクもオジサンも王族…率先して、戒律を守らなければ…」
「…それは、時と場合による…」
アムンゼンが、言いながら、ラーメンをすすった…
私は、そんなアムンゼンを、見ながら、
…もしや、ヤケになっている?…
…もしや、自暴自棄になっている?…
と、考えた…
なぜなら、このオスマンの言う通り、イスラム教徒には、戒律があり、普段は、食べてはいけないものがある…
それを、王族のアムンゼンが、今日は、率先して、破っているからだ…
だから、もしかして、ヤケになっていると、思ったのだ…
それに、気付いた私は、ラーメンをすする手を止めて、
「…やはり、リンか?…」
と、いきなり、言った…
同じくラーメンをすする、アムンゼンに向けて、言った…
途端に、ラーメンをすするアムンゼンの手が、止まった…
止まったのだった…
<続く>
最初のコメントを投稿しよう!