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ママ、だぁいすき!
「……えっ?」
それって、つまりそういうこと?
そういうこと……なのか?
「ほんと、ママ?」
「うん、ほんと」
頷きながらこちらを見つめるはにかんだ笑顔は、今まで見たことのないくらいの慈しみに満ちていた。緊張と、ちょっぴりの不安も見え隠れしている。
思わずママの腹部を見てしまう。
そして、これまでの日々を振り返り……そして、改めてママをじっと見つめてしまう。
いつかはこういうこともあると思っていた。もちろん、俺がママの子どもであることに変わりはない。ママが俺のママであることにも変わりはない。だけど、いつまで経っても俺はママの身体に入れないし、そうこうしている間にもママはすくすくと育って、今や高校卒業も目前だ。
もちろん、社会的な良識に満ち溢れた善良な一般市民としては「相手の男は誰だ」とか「ちゃんと責任をとってくれる相手なのか」とか、聞きたいことは山程ある。
だがやはり息子は、ママの幸福を喜ぶべきなのだろう。もちろん、世の中には幸せとは言えない形もあるが、きっとママの顔を見ればそんな心配は杞憂に違いないし……だから。
「お、おめ……、おめでとう、ま、」
「だからよろしくね、パパ?」
「……は?」
見たことのない色合いの笑顔。
俺を寝かしつけるときと違う、艶のある囁き声。
何より突然発せられた言葉に、俺は唖然とした。
いや、いやいや!
何のことだかさっぱり!
だって俺はそんな……、心当たりないぞ!? 俺とママは親子だ、俺がママに向けていたのは、ただ甘く優しく包み込んでほしいという気持ちだけ! やらしい気持ちなんてこれっぽっちも……!!
「あははっ♪ ともくん、びっくりしてる~♡」
クスクスと笑うママに、返事をできずにいると。ママは俺を──いや、俺の少し後ろを見ながら、「やっぱり神様の力って凄いね、望めば何でも叶えてくれる」と可愛らしい声で笑った。
「え?」
「もちろんです! 神の子は私の子、母は我が子のためならどんな禁をも犯しましょうとも……!」
「は?」
ママと会っている間は部屋の外で待っていると約束していたはずのロリ神様が突然現れて、ママの胴体にぎゅっと抱きついてみせた。
なに約束破って……いや待て。
ママ……、このロリ神様が見えてるの??
困惑する俺に、ママが笑顔を向ける。
「ともくん、『不審者に声をかけたらママになっていた件』って知ってる?」
「う、うん……、今度映画やるよね」
『不審者に声をかけたらママになっていた件』。
いま日本、いや世界で知らないものはいないだろう、知らなければ人生エアプとまで言われているベストセラー小説を原作としたアニメや舞台、今度やる映画などを含むメディアミックス作品だ。
作者の自分語りという体で、主人公が小学校に入り込んでいた不審者に『どうしたの?』と声をかけたことをきっかけに『ママ』と呼ばれ、時間制で奇妙な親子プレイに興じるようになるというストーリーの話だ。
おいおい見ず知らずの小学生を『ママ』と呼ぶおっさんとかヤバいだろ──そう笑いながらも、ユーモアや叙述トリック、そして根底に感じられる優しさのようなものがクセになって俺もよく読んでいる。ちなみにこのイメージソングとしてロリ声系配信者が歌った「告解☆昇天♡ロリママ賛歌♪」は、全世界でのダウンロード数がそろそろ100億を超えようとしているらしい。
「あれね、あたしが書いたやつなんだ」
「えぇっ!!??」
ママにとんでもない文才が眠っていた、だと!?
「ともくんとあたしの毎日をネットで書いてみたら思ったよりバズって、小説にしてみたらなんか凄いことになって……。いつの間にか、神童って呼ばれてたの」
神童。
その響きには、馴染みがあった。
「そしたらね、」
「そこでこの私の出番です! 神童とは神の子すなわち私の子! 母は子の願いを叶えるものですからね、智久には遠慮されてしまいましたが、琴音はちゃんとお願いしてくれたんですよ!? なんと、むぐぁ、」
喜色満面という言葉がこれ以上ないほど当てはまる笑顔で鼻息荒く話すロリ神様の口を塞ぎ、ママが言葉を次ぐ。
「あたしね、ともくんの赤ちゃんがほしいってお願いしたんだ。ともくんにそのつもりがないのは知ってたから、神様に作ってもらっちゃった」
DNAも一致するみたいよ、と笑顔で続けるママ。
そういえば、いつからか。
ママは団地の外でも俺を『ともくん』と呼ぶようになっていた。たまに『ママ』ではなく『あたし』と自称するようになっていた。休日に見る私服も目のやり場に困るときがあった。
ああ──と、合点がいく。
ママ、そんなことを考えてたのか。
ずっとママといたはずなのにその気持ちに気付けずにいた自分に愕然としていると、ママの手が優しく俺の頬に触れる。
「泣かないで、ともくん」
え、俺……泣いて……?
「あたしは、ともくんが考えてたことも知ってる。頭から……それはたぶん叶えられないけど、本当の家族にはなれるよ。ううん、あたしがなりたいの」
優しい顔で、ママが俺のことを見つめてくる。
その瞳に映る俺の顔は、困惑を隠せていなくて。
そんな俺にママは、「しょうがないともくん」と優しく笑う。
「そんなんだから、いきなりパパにされちゃうんだよ?」
舌先でくすぐるような、耳の中にママを植え付けてくるような囁き声。慈しむように、愛玩するように俺を包み込むその声音。
ギョッとしてママを見ると、そこにはいつも通りの優しい笑顔と、口の端からチラリと覗く艶のある舌。
それで、俺は実感した。
やっぱり俺には、ママが不可欠だ。
俺の人生にこの子がいないなんて、考えられない。
ママ、だぁいすき!
喉元から、その言葉が溢れそうになっていた。
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