第一章 ①

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第一章 ①

お父さんの朝はとても早く、4時には起きている。 起きたお父さんが最初にする事は着ている服を全て脱いで裸になる所から始まる。 裸になると風呂場に向かい頭から水を浴びる。 例え季節が冬だとしても絶対にお湯などは使わない。 必ず水を浴びる。 そして濡れた身体を拭く事はせずに、勿論、髪の毛を乾かす事もしない。 全身から雫を垂らしながらリビングに戻ってくると、常日頃からリビングのテーブルに2、3本は置かれてあるサランラップを手に取りサ適当な長さまを引き出す。 それが終わると和式トイレで便をするときのような姿勢を取り、前から後ろに向かってお尻の割れ目、肛門、そして背中から肩へ回す。 最初が右肩ならば、そのまま又、股間、割れ目へとサランラップを巻いていき、次は左肩へと巻いて行く。 左右5周を巻き終えると今度は両足だ。その次は胴体、左右の腕へと移行する。 最後は首に巻き、顎から一周する要領で両耳を巻き、両目と口以外を避け頭を巻き終えたら終わりだった。 そしてその上から作業用つなぎを来て家を出る。 家を出ると車に乗りしばらく走りとある川へ来ると車から釣り竿を持ち近くの川へと向かう。 鰐用の餌を釣る為だ。 そんなお父さんに過去に1度だけ、尋ねた事がある。 「鰐の餌はお肉じゃなくていいの?」 するとお父さんはこう言った。 「肉を与えると奴らはより凶暴になり、いつしか人間をも襲うようになる。だから絶対に鰐に肉は与えちゃダメなんだ」 それがお父さんが川に行く答えだった。 勿論、釣れない時もあるから、その時は鰐のご飯は抜きらしい。 らしいといったのは、お父さんがそう言うからであって実際のところお父さんが鰐を餌つけしている所を僕は一度として見た事がない。 というより見せてもらった事がない。 確かに家の側には小屋らしき物はあるけど、そこはお父さん以外の人間は誰1人入る事を禁止されていた。 当然、お母さんもだった。だからお父さん以外の家族4人は決して小屋には近づかなかった。 小屋の周囲を囲む金網のフェンスには大きな鍵が取り付けられていたし、その鍵もお父さんが肌身離さず身につけていた。だから、隠れて鍵を取る事などは不可能だった。 そしてお父さんはきっちり1時間で川から帰ってくると、小屋に入る。 きっちり30分してから小屋から出てくると、その姿のままで朝食を取る。 その頃にはお爺ちゃんとお婆ちゃんも起きていて、お父さんと一緒に食事を取る。 けど2人ともお父さんのツナギ姿の格好については何も触れないし、言わない。 前にお父さんがいない時、鰐の調教がうちの家業なのかとお爺ちゃんに聞いた事があった。 「違うさ。代々伝わる伝統工芸みたいな物じゃない。鰐の調教はあいつが勝手に始めたんだ」 「いつ頃から始めたの?」 「お前が産まれる少し前だから、15年くらい経つな」 それまでのお父さんはスーパーの店長をしていたらしい。その仕事を辞めてお父さんは鰐の調教へ転職したようだ。 「お父さんは昔から鰐が好きだったの?」 「さぁな。爺ちゃんもそれは知らないな」 「そうなんだ」 「あぁ」 「爺ちゃんは鰐を見た事ある?」 「ない。けどある時、あいつがいきなり鰐を飼う事になったから、小屋を作ると言い出したんだ。鰐なんか飼ってどうするつもりだと、ワシも怒鳴ったが、あいつは飼育して調教すれば金になる。今より3倍もの給料を手にする事が出来る。おまけに飼育だから、家にいる事が出来るんだ。お婆ちゃんも身体が弱って来てるから俺が側にいた方がいいだろ?とあいつはワシにそう言った後、会社も今日限りで辞めて来たとぬかしおった。ワシは何も言い返せなかったよ。自慢じゃないがあいつは嘘を言うような子じゃない。それに婆さんもあいつが家にいる事を喜んでいたしな。だからそれ以上何も言わなかったよ」 「鰐を見ても無いのに信じたんだ?」 「そうさ。実際、それまでの給料の3倍は貰っていたから、鰐を見れなくたって気にもしなかった」 そういうお爺ちゃんの言葉から僕は少なからずある疑問を覚えた。 それは鰐の調教が仕事なら、一匹だけを育てると言うのはおかしいと思ったのだ。 例えば動物園から鰐の調教を頼まれ、鰐をある年齢まで調教しそして引き渡すというのであれば仕事としては成り立つ。 もしくはペット?として飼いたい人の為の調教。これも鰐の飼育の仕事としては成立するように思われた。 けど、僕が知る限り、1度として家に赤ん坊の鰐を持って来た人は見た事がなかった。 密かにやりとりしているのか、その辺りは不明だから絶対とは言い切れないけど、恐らくお父さんはたった一匹の鰐だけを飼っているのだ思う。 けどお爺ちゃんの話だと鰐を調教するだけで得ることが出来るお金が、普通の人より多いというのが、僕には不思議でもあった。 その疑問を解消したくて、何とかしてあの小屋の中を覗く事が出来ないか?と思った。どうにかしてお父さんからあの鍵を奪える方法はないだろうか?と、馬鹿みたいに一日中、考えていた事もあった。 けど、肌身離さず一年中、首にかけている鍵を奪うのは至難の業だ。寝ている時を狙うと言っても、お母さんやお爺ちゃんに見つかりでもしたら絶対に止められる。 それにお父さんが起きないという保証もない。色々考えた挙句、僕が出した答えは後継ぎになれば良いのではないか?という事だった。 そうすれば流石のお父さんもあの小屋の中に入れてくれるかもしれない。可能性は高いとは思えないけど、言ってみる価値は充分あると思った。 僕は行動を移す時をひたすら待つ事にした。 そしてそのチャンスは高校進学に向けての三者面談にあると考えた。そこで将来的な話が出ればお父さんにも言いやすい。 仮に三者面談にお父さんが来なかったとしても、将来の事はいずれ必ず話し合いの場を持たざる終えない。 鰐を見るために、小屋の中に本当に鰐がいるのか、この目で確かめる為に僕はこの機会を利用しようと思った。その3者面談まで2週間、僕は普段通りの生活を心がけるようにした。
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