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ケージの上から大きなバスタオルが被せられ、もうギャングによる拉致監禁と変わらない状態で私は何処かに運ばれました。
走ること30分、車から降ろされた私は何やら消毒液の臭いのする建物に移動させられました。
あぁぁ・・・
ここが犬猫を屠殺する保健所という建物なのか・・・
そう考えると怖くて怖くて、私は身体を硬く丸めひたすらに震えていたのです。
バスタオルカーテンの向こうでは父さんと母さん、そして知らない女性の声がしていて、私はその声に必死で耳を傾けました。
もちろん異種族の言語など理解出来ないし、そもそも猫に言語などは無く、全ては感情を鳴き声に乗せるしか術のない四足の獣なのです。
ところが、ところがですよ。
自分の命の掛かったこの土壇場で必死に心を集中させていると、父さんと母さんの声が・・・
なんか?理解出来てしまったのです!
あれ?なんか?解る?解るかも?
父さんと母さんが知らない女性と会話していた内容は要約するとこうです。
「先生、去勢って、本当に猫にとってメリットがあることなのですか?」
先生の回答はというと。
「去勢手術によって、オス猫特有の発情行動が抑えられ、マーキング行動や発情中のストレスが減少します」
「また、縄張り意識や闘争心といった気持ちが抑えられるため、性格が穏やかになったと感じる飼い主もいます」
「去勢手術を行うことで、異性と接触する意欲が減るため、性感染症などの病気になりにくくなります。病気になりにくくなることで、オス猫が長生きしてくれる可能性が高くなります」
「去勢手術は、オス猫のストレスを軽減し、少しでもストレスなく生活を送れるようにすることを目的としています」
父さんはその回答を聴くと目を閉じて深く頷きました。
後で分かった事ですが、父さんは去勢反対派だったのです。
父さんは過去のナチスによるユダヤ人大虐殺、ホロコースト、現在では中国によるウイグル人ジェノサイド、そういった事に心を痛めていました。
そもそも日本に野良猫が増えたのはペストが流行した明治の頃、人間が猫を大量繁殖させたのが原因で、人間の都合で増やしたい猫を今度は人間の都合で減らすというロジックはこのジェノサイドと同じロジックだと、猫には何の罪も無いのだというのが父さんの持論だったのです。
だから父さんは自分の意思に反する去勢手術に、俯瞰的に見るなら反対だけれど、私と云う個体にとってはメリットがあるのだと、この子にとっては利益のある事なのだと云うファクトが欲しかったのだと思います。
私はこの会話を聴いて、また、初めて今朝、何故朝食がなかったのか。どうして父さんがあんな申し訳無さそうな顔をしていたのか、それを理解出来ました。
私は今日から家猫になる。
父さんと母さんの子供になるのだ。
手術は怖かったけど、私は父さんの様に頭が固くはありません。
だって仕方ないじゃないですか?理想と現実は乖離するのがこの世の常。
そんな事より、こんな薄汚い老猫の私の事を、こんなに真剣に話し合って思い遣ってくれる父さんと母さんに訳もわからず爪を立て傷つけた事を深く恥じました。
父さん、母さん、ごめんなさい。
私は良い子にして手術を受けます。
今日からずっと、
最後の日まで父さんと母さんの子供でいる為に。
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