大狒狒さま

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 店先には、赤い布をかけた縁台がならぶ。巫女の恰好をした二十歳かそこらの娘が茶とまんじゅうをひっきりなしに運でいる。本物の巫女ではない気がする。化粧が濃すぎる。バイトだな。  (はかま)につつまれた尻を、ターゲットはねばりつくような目で追っていた。猿顔なのが、腰が抜けるほどバカバカしい。  店は不思議なほど繁盛していた。なぜだ?   タバコを一本灰にしながら考えてみたが、答えはうかばない。そのあいだにも、ぬいぐるみがまた一つ売れた。  看板には、巨大な猿が人を食っていたと書かれていた。山奥に住んでいる田舎者の考えそうなことだ。実際のところは、山賊に出くわして死んだか、山犬にでも襲われたのがオチだろう。  架空の化け物をでっち上げて金をむしり取る。それでも詐欺にならない。神社とは良い商売だな。アイデアひとつで大儲けかよ。  そんないいかげんな古くさいネタで客を集めることができるのだから、神社とはボロい商売だ。人食い猿が住みついた山を封じるだなんて、よく思いついたな。  茶店の前でいつまでも見張っているのも不自然だ。車にもどり、タバコを口にさしこんだ。  ターゲットのおっさんが動き出すのは、店が終わってからだ。日が落ちたころにもう一度、茶店をのぞくとするか。窓から火のついたままのタバコを投げ捨て、オレはシートを倒した。  浮気の証拠はあっけないほど簡単に手に入れることができた。  バイト娘を乗せたおっさんの車は、するするとホテルの駐車場に入り、きっちり二時間後にまた、するすると出てきた。  出入り口を張っていたオレのカメラは、ホテルの看板を背に、運転席と助手席で笑いあう二人の姿を、鮮明に写しとっていた。  こんな楽な仕事は初めてだ。  素人でもちょっと調べればわかることを、なぜ規定の倍額を払ってまで依頼するのか。  ふと疑問はよぎったが、だからといってこの「おいしい仕事」から手を引くほどオレはバカではない。  暴力のにおいをふりまく男たち相手の危険な調査より、この危険の「き」の字もない写真撮影のほうが、ボロ儲けにつながるとはおかしな話だ。  女神主さんよ。浮気調査の費用だけで済むと思ったら、大間違いだぜ。子供だましの化け猿をネタに大儲けをしているあんたから、一円でも多く奪いとってやる。どんな汚い手を使ってでもな。
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