大狒狒さま

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 期日を使いきった八日目の朝、「やっと証拠が取れた」と電話で伝えた。  初日で証拠は手に入れたが、日当を稼ぐためにわざと返事は遅くした。セコいが、これは探偵業の基本だ。  神社の仕事よりも夫の浮気のほうが大切らしい。すぐに来てほしいと言いやがる。  プリントアウトした写真を手に、オレは神社内にある女神主の家をおとずれた。写真の元データは、とある目的に利用するため、事務所に保管してある。  たたいた扉を神主本人があけた。  おんぼろ事務所で金切り声を上げたときとは、雰囲気がまるで違う。  頭の形が浮き出るほどに髪をきつく後ろで束ね、白い鉢巻をぴっちりと額に当てている。真っ赤な唇がやけに目を引く。ゆったりとした紫の上衣から、(こう)の匂いがする。巫女なら朱色の袴なのが、神主だと水色になるのを初めて知った。  なんとも芝居がかったいでたちだ。これからなにやら大切な儀式でもあるかのような。もしかしたら、浮気亭主を呪い殺すつもりなのかもしれない。 「ここでは落ち着いて話もできません。こちらへ」  紫の上衣が、境内(けいだい)のすみにひそんだ小道を、すべるように進む。幅広のそでが揺れ、オレは(こう)の匂いについていくこととなった。  本殿の裏門というのがぴったりな、うすく小さな木の戸を女神主はあけた。二人して腰をかがめ、四畳半ほどの板の間へと入る。秋の冷気をしみこませた床板が、くつを脱いだ足裏をちぢこませた。  窓からの明かりだけが頼りのため、暗い。ほこりくささで鼻をひくつかせるオレの前に、座布団が置かれた。 「少々お待ちください」  オレが座るのも見届けず、女神主は部屋を去った。  殺風景な空間だ。太い柱や(はり)が目立つ。板戸で仕切られた向こう側には、ご神体が祀ってあるのだろうか。  棺桶かと思うような細長い木の箱が壁に寄せられ、束になったロープや布きれ、なんに使うのかわからない麻の袋などが乱雑に積まれていた。ここは、いうなれば倉庫だな。  タバコを一本、指にはさんだ。灰皿がほしくて、空き缶でも転がっていないかとあたりを見回しているうちに、女神主がもどってきた。 「どうぞ」  コーヒーの載った盆が、静かに床へと置かれた。あぐらをかいたオレの前へと押し出される。  タバコでまぎらわせようとした口さびしさを、コーヒーで埋めることにする。カップを傾けるオレを見て、女神主が一瞬、小さく笑った気がした。 「ここなら、だれにも聞かれませんので、話のもれる心配はありません」  そいつは都合がいい。これから重要な話があるからな。  満ち足りた気分でコーヒーをぐっと飲み干し、浮気現場の写真を床にならべた。  われながら、よく撮れている。茶店の(あるじ)が、若い娘と情事を楽しんだことがありありとわかる。
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