大狒狒さま

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 こういった写真は高く売れる。これをばらまくと(おど)せば、信用を傷つけたくないやつは、だまって(カネ)を払う。  神社なんて格式ばった商売だ。スキャンダルは避けたいはず。茶店のバイトを誘いこんだとなれば、なんとしても隠したいに決まっている。遠慮なく、弱みにつけこませてもらうぜ。  女神主は端正に膝をそろえて背筋を伸ばし、つまみ上げた写真を見つめている。表情はない。静かに(いか)っているのだろう。 「ご主人が浮気をしているのは、確実ですね」  さあ、ここからがボロい儲けの話だ。オレの評判をよくたしかめずに、依頼したのが間違いだったな。  オレはヤバいやつらを相手に商売してきた。ターゲットの一日の動きを調べあげ、さらいやすい時間と場所を教える。完全に犯罪の片棒を担ぐ仕事だ。  さらうだけならまだいい。襲撃だってある。命を奪うような襲撃が。それを知っていても、オレはやつらに情報を売る。  本物の悪人なんだよ。のほほんと素人相手に金をちょろまかすあんたとは、踏んできたヤマの数が違う。さて、本物の凄みを見せてやるとするか。 「この写真を買ってもらいたい。一枚十万だ。安いもんだろ」 「口止め料ってところかしら」 「そうそう、わかりがいいじゃないか。ちょくちょく焼き増しするから、そのたびにお買い上げくださいませ」  わざとクソ丁寧な言葉遣いで、強請(ゆす)りの用件を告げた。  ここでオレは少し違和感を持った。オレのこれまでの経験では、依頼人は怒るか、取り乱すだったのに、女神主はすました顔でオレを凝視する。 「探偵さん。大狒狒(おおひひ)伝説はご存知?」  答える必要のないくだらない質問だ。しかし、黙っていると話のペースがくるう。オレのほうが強い立場だとわからせるためにも、相手の神経を逆なでする言葉をわざと使った。 「あんたの神社が、参拝客を食いものにしているインチキ伝説だりょ」  ん、舌がまわらねえ。口を開け閉めするオレを、ふん、と女が鼻先で笑った。
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