3人が本棚に入れています
本棚に追加
「へええ、大狒狒伝説ねえ」
あざけりをこめて、オレは絵看板にタバコの煙をふきつけた。
人間の倍ほどもある巨大な猿が、みるからに悪人づらをしたちょんまげ男を抱えあげ、肩口に食らいついている。飛び散る血が真っ赤だ。無駄にカラフルで、悪趣味な絵柄が境内で秋の日をあびていた。
『お山を越えようとした人を、とって食っていた大狒狒ですが、村で悪事をはたらいた者を生け贄に差し出すことで、鎮めることができました。それ以来、恐ろしい化け猿は、村に平和と繁栄をもたらす守り神となりました』
だとよ。
うさんくせえ。厄介な化け物なのか、正義の味方なのかよくわからない。どうしてこんな不自然で無理やりな説明をつけたのか。少し離れた社務所の棚を見て、オレは納得した。
かわいらしくデフォルメされた猿のぬいぐるみが、おまもりの隣にならんでいる。キャラクターとして売り出すために、村のヒーローにしたんだな。厄災よけとのご案内だ。
こんなもの、買うやついるのか?
この疑問は、瞬時にぬぐいさられた。目の前で、カップルが一体お買い上げだ。
今回の調査依頼は神主からだ。めずらしくも女の神主。巫女のほかに、女が神社で職に就くことができると初めて知った。
依頼内容はめずらしくもなんともない。じつにありきたり。夫の浮気調査だ。
「料金は規定の倍、お支払いします。その代わり、一週間でしっぽをつかんでください」
ぼろっちい事務所で眉を吊り上げた女神主は、手付金を机にたたきつけた。へっ。倍で済むと思ってんのかよ。泣きたくなるような追加料金が発生するに決まってるだろ。
オレが今、神社にいるのは、ターゲットの仕事場をおとずれたためだ。夫は会社勤めでОL相手の不倫だと思っていたが、なんのことはない。依頼人の目と鼻の先で働いているのだ。
ここに到着するまで、オレは下道でアクセルを二時間踏んだ。そのうち一時間は、良く言えば風光明媚な。オレの感覚では、コンビニすらない不便な山道だった。山と山の間を縫うせいで、カーブが連続する。紅葉が美しいだとかを売りにした、ドライブコースでもある。
神社はひと際高い山の中腹あたりにあった。やけに古めかしい。小ぢんまりとした鳥居をくぐってすぐ目についたのが、例の悪趣味な血まみれの絵看板。その横っちょに、社務所と茶店をあわせた小屋が建っている。ここの店主が、女神主の夫だった。
賽銭だけではあきたらず、ぬいぐるみなどのグッズを売り、茶店で小銭をかせぐ。参拝客のふところを漁ることに熱心な神社だ。
最初のコメントを投稿しよう!