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「禁を破った人間は呪われて、山から出られなくなる。そして、一帯はメメに祟られる」
「メメ?」
「あぁ【メメ】だ。その証拠に、お前はメメに呪われている」
大山がそう言うと、オレの脚の縄を解いて、ズボンを一気に引き下ろした。
「ヒッ」
オレはまた情けない悲鳴をあげる。
エアガンに撃たれた場所――右脚のひざ下あたりに無数の目玉が浮かび上がって、周囲の皮膚を瞼代わりにぱちぱちと開閉を繰り返していた。
「な、なんだ! これッ!」
肉体的な違和感がないのに、視界には明らかな異物と違和感が広がっていた。
足についた無数の目が、ぎょろぎょろと周囲を見回して、犬たちがオレに向かって吼えている。
「だから【メメ】だ。メメに呪われたやつは、傷口からメメたちが現世に這い出してくる。呪われた人間は山に囚われたままな。まぁ、誰が呪われたヤツなのか、分かりやすくて助かるが」
まるで自分に言いきかせるように、ゆっくりと説明する大山の表情は苦り切っていた。
犬たちはキャンキャンと狂ったように吼えて、周囲の男たちは、お互いに目配せをしながら固唾を飲んでいる。
「このままだと、お前が埋めた死体からもメメたちが這い出てくる。探すのに協力しろ」
「は、はひぃ!」
即答するも、そもそもオレに拒否権なんて最初からない。
とんでもないことをしてしまった後悔と、現実離れした光景に頭の中がパンクしそうだ。
「シロキチを借りるぞ、俺はこいつと死体を処理する。他の奴らは、引き続き見まわりを続けてくれ!」
テキパキと指示を出す大山は、己を鼓舞するかのように勢いよくリュックを背負い、オレと白い犬を連れて夜の山に出た。
◆
未だ混乱が尾をひいて、視界がぐらつく。
ふくろうの鳴き声と、夜気に漂う腐葉土の香り、時折、耳をかすめる蚊の羽音がオレを無性に惨めにさせた。
『蚊に刺されたら、そこからもメメが出る。この虫よけの軟こうを全身に塗れ。匂いはキツイが、塗らないと全身がメメでまみれるぞ』
『うッ……は、はひぃ』
夜山に出る前に大山から渡された軟こうは、苦さと酸っぱさを混ぜた独特の匂いだった。
粘着力もあって、動くたびに服に貼り付いて気持ち悪く、汗の匂いと混じって鼻につく。
なんで、こんなことに。
咲良を殺さなければ、今頃は宿の布団で寝息を立てていたのに。
今夜泊まる予定だった宿のことを思い出して、キャンセル料という現実が重くのしかかってくる。
山の幸をふんだんに使った懐石料理。
星空が自慢の露天風呂。
金箔が浮かんだ地酒を愉しんで、だんだん良いムードになって、もしかしたら……そう考えると、余計に。
「おい、余計なこと、考えてないだろうな!」
大山の怒声を飛び、オレは慌てて「いえいえ、滅相もない」と、作り笑いを浮かべる。オレの軽薄な部分を見透す鋭い双眸からは、罪人を目的地へと、なにがなんでも連れて行こうとする強い覚悟が伺えた。
そんな大山に対して、オレは内心でため息をつく。
逃げようにも、この山から出られない上に、見まわりの人間があたりにいるのだ。捕まって恥の上塗りになるのだけは避けたい。
◆
ざわざわとたくさんの木立が揺らめいて、夜の闇が音をたてながら更けていく。木が生い茂る山道は月が見えず、光源は大山の懐中電灯の灯りのみであり、先頭を歩くシロキチを見逃さないように、一定の速度を保っている。
「あの、シロキチに、リードをつけなくていいんですか?」
月も星も見えない状態で、自分がどこ歩いているのか分からない不安。
その場から逃げ出したい気持を必死に押しとどめて、オレは大山に質問し、浅ましい本心を誤魔化す。
「ふん、アイツは下手したら、そのへんの人間より頭がいい。そして、優秀な猟犬だ。自分から逸れるようなヘマはしない。お前の車に染み込んだ、仏さんの匂いをしっかり覚えたんだ。だから、大丈夫だ」
「お前と違ってな」っと、続く言葉を聞いた気がした。
「そうですか」
確信を待った大山の揺るぎない返答に、オレは安心した風を装い、さらに質問を重ねる。
「メメって、目玉だからメメって呼ばれているんですか?」
「さぁな、村の年寄り連中なら詳しいことを知っているかもしれん。が、もうずっと前から、俺達はアレをメメと呼んでいる」
「大山さんや皆さんは、女性が山に入らないように、普段からここを見まわっているんですか?」
「いいや。山開きの時期だけだ。この時期になると、山の女神様は活発になって、女が山に入るのを極端に嫌う。だから余所者が入らないように管理して、有志を募って、寝泊まりしながら見まわっているのに、夏休みだとか、男女平等だとか、パワースポットだとかで、のこのこやってくるヤツ等があとをたたん!」
「あの、その女神さまの名前って、もしかして、日本神話に登場する石長比売ですか?」
「らしいな。そもそも、この山一帯が御神体みたいなもんだ。丁寧に祀れば、土地は豊かで、水害も害獣も起きんし土砂崩れも起きん……俺からも質問していいか?」
「はい、なんでしょう」
「なんで、恋人を殺したんだ?」
「…………」
これだけは、避けたかった質問だった。
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