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2羽が出会ってイエスズメがジミー・テイラーの監視をするようになってから、1か月が経った。
イエスズメの警戒心はほとんどなくなり、打ち解けた雰囲気にすらなっていた。
それに乗じてイエスズメは、ずっと心にわだかまっていた疑問をイヌワシにぶつけてみた。
「そろそろ、どうしてあなたが私にこんな用を頼むのか、その理由を教えてくれないかしら」
「だからそれは、私じゃ目立ちすぎるから、あんたなら彼に付きまとってもどうってことないだろ」
「そうじゃなくて、なぜあなたが彼に執着……こだわるのかということよ」
イエスズメは社交的なので、町中の水飲み場などで仲間とよくお喋りをし、ジミー・テイラーの情報も沢山仕入れた。
それによると、ジミー・テイラーは21歳で、去年開催された冬季オリンピックのアルペンスキーで、滑降、回転、大回転の3つの種目で金メダルを獲得して、3冠を達成した。
それは史上初の快挙なので、ジミーは一躍時の人となった。
持ち前の端正な容貌も手伝って、彼はスキーをよく知らない女性たちの間でも人気があった。
しかし彼は快挙にも人気にも奢ることなく、今まで通り着実にスキー三昧の日々を送っていた。
そんな彼に、イエスズメも人間の女性のように胸をときめかせるようになっていた。
そして自分のその気持ちと、イヌワシのジミーに対する気持ちが類似していることに気付いた。
イヌワシにとって、ジミー・テイラーは何なのだろう。
イエスズメの興味は、抑えきれないほど高まった。
「ジミーと私は、いわば幼馴染なのだ」
イヌワシは低い声音を変えることなく話した。
「ジミーはオーストリア、チロル地方に生まれて、2歳でスキーを始めた。雪山は彼の遊び場だった。
5~6歳の頃には、大人並みに滑れるようになった。私と彼が出会ったのも、その頃だった。
彼は一人で雪の斜面を滑っていた。あんな小さい子どもが大人顔負けの滑りを見せているというので、アルプスの山を我が物顔に飛ぶワシやタカの間ですぐに噂になった。
15年以上前のことで、私も当時は若かった。
速度でいえば、私たちイヌワシの方がスキーヤーより速いのだが、ジミーの滑降の速さと言ったら、まるで風に乗っているようだった。
雪の上を滑るのが天性とでもいうように、彼の滑りにはためらいや恐怖が全くうかがえなかった。彼が転倒するところも見たことがない。
スキーで雪の上を滑走することに、快感以外の要素がなく、また雪山も彼という天才的スキーヤーを応援しているかのようだった。
私は、滑っている彼の頭上で旋回したりして彼の注意を惹いた。ほどなく彼は私の存在に気付き、アルプスに棲む鳥の中でも一番の親しみを私に注ぐようになった。
私は彼の後について飛んだり、時折追い抜いて前方に誇らしげに飛んで見せたりして、楽しんだ。
そんなことが何日も何月も何年も続いて、彼は雪山の中で成長し、やがてスキー選手になった。
それは当然の成り行きだったし、彼がオリンピックで大活躍したのも、嬉しいと同時に当たり前のことと、彼を幼い頃から見守ってきた私には思えた」
イヌワシは感慨深げに言葉を切って、一呼吸おいた。
幼馴染で雪山での長年の交流、それが人間と鳥の間に友情のようなものを築いたのだろうか。
いや、人間にとって鳥は鳥でしかなく、友情に基いた思い入れを抱いているのは、一方的にイヌワシのほうではないか。
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