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イヌワシの話をじっと聞いていたイエスズメは、イヌワシと同様に沈黙に浸ってから、口を開いた。 「幼馴染の人間を、陰ながら応援するっていうわけね。でもそれと、私みたいな小鳥に彼の様子を探らせるのって、意味が違うんじゃ……」 「気持ち悪いかね」 「え、そう、普通じゃないわね」 イヌワシは再び沈黙した。今度は感慨に浸るのではなく、考え込んでいる風だった。 イエスズメは辛抱強く返事を待った。 「ジミーの様子を探るのは、あるお方の意向なのだ」 「あるお方!?」 「それは…、雪山の女神だ。アルプスの山々には複数の神々が棲んでいるが、雪山をつかさどるのは、女神なのだ。 オリュンポスの神々は人のような姿で、欲望、嫉妬、怒りといった感情を持っていて人間にちょっかいを出すが、雪山の女神は具体的な姿を持たず、基本的に人間と関わらない」 雪山の女神の存在は、麓を生活拠点とするイエスズメには初耳だった。 しかし、天を衝くごとくそびえるアルプスの峰々に神が棲んでいても不思議はない。 ギリシア神話の神々は気に入った人間を攫ったりしたが、雪山の女神はそこまで人間界に首を突っ込まないらしい。 けれど、「意向」とは? 「私は、雪山の女神の家来だ。この雪山に棲むものすべてが家来なのだが、私は最も女神に近い腹心で、他の者には知ることのできない女神の言葉を聞くことが出来る。 雪に覆われた峰で、私は託宣のように女神の言葉を受け取る。託宣があるのはごくたまにだが、去年ジミー・テイラーがオリンピックで優勝して少ししてから、彼について教えてほしいとか、彼の日常を監視してくれといった頼みを私に告げられるようになった。 ジミーはこの雪山で育ったのだが、女神は人の世に介入しないので、彼のことも知らなかった。しかしオリンピックで3冠という輝かしい業績には、女神も無関心でいられなかったらしい。それで…」 「女神がジミーに夢中になったのね!」 イエスズメが甲高い声で叫んだのを、イヌワシは咎めるように言った。 「言葉を慎みたまえ。仮にも、雪山の女王であらせられるのだ。女神はジミーに大きな関心をお持ちになった。しかし自ら人間界に対して何かを成すことはできない。そこで、腹心の私にお頼みになったのだ」 結局、人間の常識で言えば夢中になったということでしょと、イエスズメは心の中で思った。 でもギリシャ神話のアフロディテのような美しい姿を持った女神ならともかく、姿を持たず直接人間と接触するすべを持たない抽象的な女神では、その「想い」は一方的でしかない。 「それで、私の報告を聞いた女神の反応は?」 「ああうん、満足しておられたよ」 満足? 本当に? イエスズメは心の中で呟いた。
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