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滑降(ダウンヒル)のスタート台に立つジミー。 合図と同時に弾丸のように飛び出し、雪山を滑り降りる。 弾丸、稲妻と言った形容を引き寄せながら、彼は人間を超えていく。 時速100キロを軽く超え、130キロ、140キロ……、そのスピードに追いつけるのは、もはや雪山をテリトリーとする鳥のみ。 しなやかに風を切る体は、旗門をなぎ倒さんばかりの勢いでかすめ、雄叫びのように雪煙を上げて滑る。 標高4000メートルを超える、万年雪を頂いた峰々が、人格を宿して彼の滑りに注目する。 彼は滑ることで雪山の覇者となり、神々の領域に踏み込む。 2,3回のジャンプも見事に決まり、今地球上で彼の滑りを邪魔するものは存在しない。 フィニッシュ! その先に待つのは、輝かしくずっしり重い金メダルという名の栄光。 ゴールした瞬間、いやそれ以前から彼の勝利は決まっていた。 燃焼しきった清々しい表情の彼を、拍手喝さいが取り巻く。 それは雪山の透き通った空気に媒介されて、どこまでも響いていく。 ジミーがスキーと一体になって滑ったコースは静まり返っていたが、そこには彼の滑走の跡がくっきりと残っていた。 それは、シュプール。 ああそうかと、イエスズメは合点がいった。 シュプールは他の誰でもない、雪山へのメッセージなのだ。幼い頃から滑ってきた雪山への。安全で快適な滑りをさせてくれてありがとうという、感謝の念。 それは幼い頃からずっと変わらない。練習の時も試合の時も。 彼が滑った跡のシュプールは、雪山への心の底からのメッセージだった。 雪山へに心があるなら、彼のシュプールに感動するだろう。雪山の心の所有者といえば、女神なのではないか。 それなら、ジミーのシュプールに心を動かされた雪山の女神が彼に特別な想いを抱くようになっても、おかしくない。 イエスズメは、いつものように町の噴水で水浴びしながら仲間とおしゃべりしていた。 「ねえ、ジミー・テイラーの最新のニュースってある?」 「あなた、彼のファンなの?彼素敵ね。ものすごいスピードで雪山を滑る姿がカッコよくて」 「うん、そうね」 イエスズメは、内密にというイヌワシの要望に従って、イヌワシのことは何も話さなかった。 「彼、いよいよ映画に出演するらしいの。引く手あまたで、彼もスキー映画ならと応諾したそうよ。共演は、新進女優のスーザン・ロジェだって」 「えっ!」 イエスズメは、仲間の情報に愕然とした。 スポーツ界の外のエンタテインメント業界からの取材や出演オファーが殺到しているのは知っていたが、映画出演の話がそこまで進行していたとは。 それに、スーザンって。毎週会っていたあの娘、共演する予定の女優だったのね。 「でも、映画の中で彼の滑りが見られるなら、いいじゃない? 私たちは山の上まで行けないんだから」 イエスズメの行動範囲は山の麓で、イヌワシが飛翔する山の上の方へは行けない。 ジミーを追跡する時も、スキークラブの建物までだった。 イエスズメにとっても、ジミーのスキー映画出演は朗報と言える。 「ただ、問題があるの。映画に出演するとアマチュアの資格がなくなって、オリンピックに出られなくなるっていうのよ」 「それは大変!」 イエスズメは、目を白黒させて叫んだ。 (当時のオリンピック選手は、アマチュアに限られていた。現在はプロアマ問わず参加出来る)
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