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5
次にイヌワシと約束の日時に会った時、イエスズメはイヌワシの様子にいつもと違うものを感じた。
イヌワシが普段通りの重厚な声音で話を切り出した時、イエスズメはその直感が正しいことを悟った。
「あんたには無理な頼みごとをして申し訳なかった。だが、あんたに頼むのも今回が最後だ」
イエスズメは息をのみ込んだ。
イヌワシに頼まれてジミー・テイラーの私生活を探っていたのは、そもそも助けてもらった見返りという名目だったが、懇願はされたが決して強要されたわけではない。すなわち、半ば自らの意思で協力しているのだ。だから、苦痛ではなくむしろ楽しくさえあった。
しかし、イヌワシからの頼み事を受けるという奇怪なことがずっと続くとは考えていなかった。
それでも、今回が最後という宣告にはショックを受けた。
「最後の頼みなので、これまでとはちょっと違うのだ」
「というと?」
イヌワシは、言いにくそうに咳払いをした。
「耳の早いあんたのことだからもう知っているだろうが、ジミーが映画に出ることになった」
イエスズメは、「うんうん」と頷いた。
「映画に出たら、オリンピックに出場できなくなるかもしれない。そのことを、女神は憂慮しておられる。映画の世界を牛耳っているのは、銀幕の女神だ。銀幕の女神は雪山の女神と違って、人間に化身できる。何しろ、数多くの女優を抱えているからな。
雪山の女神がおっしゃるには、例のスーザンという娘の正体が銀幕の女神だというのだ。スーザンという娘に化けて、ジミーを銀幕の世界に誘惑しようとしていると。
そこで、あんたに頼みたいのだが…」
「ちょっと待って」
スーザンが新進女優だと仲間から聞いて驚いたのに、さらにスーザンの正体は銀幕の女神!?
イエスズメは、次々と判明した事実についていけなかった。
「どうして雪山の女神は、ジミーが映画に出ることに反対なの?映画の中でスキーをするなら、いいんじゃないの?」
「いやいや、銀幕の中で滑るということは、銀幕の女神の懐の中で滑るのと同然だ。シュプールだって、雪山の女神から銀幕の女神のものになるのだ。わかるか、その違いが。
そこで我が女神は、ジミーとスーザンを引き離す計画を立てられた。それにあんたに一役買ってもらいたいのだ」
「私が? 一体何をするの」
「ジミーがスーザンとレストランで会っている時、2人は大抵テラス席に座ると言ったね。隙を見て、2人の飲み物に錠剤を入れるのだ。それは決して有害なものではなく、惚れ薬の逆で、相手から気持ちが冷める薬なのだ。2人同時に飲めば、2人とも気持ちが冷めて、後腐れなく離れることが出来る。
どうだね、簡単なことだろ」
「簡単かどうかじゃなくて、モラルの問題じゃないの、それ。人の気持ちを勝手に変えるなんて」
イエスズメはしばらく憤慨していたが、イヌワシがプライドを捨てて「これが最後だから。もうあんたを煩わすことはない」と土下座せんばかりに頼み込んだので、しまいに根負けした。
イヌワシは何か褒美に欲しいものがあればと言ったが、イエスズメは「いらない」と突っぱねた。
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