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「おぉ涼しいな…最高。もうここでよくね?」
私は本音を漏らした。
おしっこではない、本音だ。
「あぁ…もうここで飲みたいわ…。」
もう一人の格下認定四十代がため息混じりで本音を漏らす。
「はぁ…もうホント暑いっスよね…そうだ、俺Tさんに言ってきますよ。三人でちょっと様子見てるんでって。さすがに文句言わないでしょ。」
H氏は疲れた顔で私達に言った。
「いや、いいよ。お前は家主なんだから座ってろよ。俺が言ってくるわ。こいつの様子見ててくれ。」
私は空調が効いているリビングを後にした。
キンキン冷えた空気が実に名残惜しい。
面倒くさいが仕方がない。
無料バーベキュー会場オーナー(笑)に面倒事を任せるわけにはいかない。
私は嫌々ながらもT氏が鎮座するタープに入り、簡単に状況を説明した。
「おん、熱中症かもしれないからな。しっかり見とけ。」
大体イキり散らかし男にありがちな返事、「おん」をこうも見事に披露するとはやはり只者ではない。
「煮豚は食べたいんでできたら呼んで下さいよ☆」
私は一応の社交辞令と精一杯の冗談を言うとT氏はニヤリとしてイヤミと悪口を発し始めた。
そうT氏はイヤミと悪口を言っていれば機嫌がいいのだ。
「相変わらず食い意地張ってんなぁ。食うことに命かけてんだなお前は。食うだけ食って金出さないよな、昔から。お前昔…(略)」
ここからしばらくいつものくだりが続いた。
二十年ほど前に食事をご馳走になった事を今だにしつこく言うのだ。
それに今回のバーベキューも格下認定四十代も1割〜2割程度だが出資しているのだがT氏からしたらはした金という認識なのだろう。
『あーうるせー。また始まった。』
顔に出るのを必死に抑えながら私は頭をペコリと下げた。
「そろそろ戻ります。」
「都合が悪くなったら逃げるな、お前は。そういや昔お前…(略)」
これも私は想定の範囲内だ。
今度は十数年前の出来事を言い始めるのだ。
これもいつものくだり、いつものヤツである。
もうすぐ一区切りつくだろう。
「じゃ、そろそろ逃げますね。都合悪くなったんで。」
とびきりの作り笑顔で忍者のドロンポーズを取ると私は踵を返した。
「ハッハッハッ!逃げた逃げた!ハッハッハッ!」
満足いただけたようである。
私は背を向けると真顔になり、ペール缶からビールを三缶持ちその場を後にした。
同じことを何回も言うのは酔っていればありがちなことだがT氏はシラフであっても同じことを何回も何回も、そして下手をすると三十年前の出来事を掘り起こしてイヤミを言うのだ。
しかしこれも全て想定の範囲内。
私は空調の効いたリビングに入り、板の間に座っている格下認定四十代の一人と、H氏に缶ビールを手渡した。
「お、悪いな。」
「あ、すんませんス。」
「いや、構わんよ。いやいや…疲れた。」
吐いてしまった若い衆は仰向けに寝転び、少し苦しそうに息をしている。
汗をかいているので大丈夫だろう。
「A、H、お疲れ。」
格下認定四十代の一人が缶ビールを開けて、私とH氏に向けてきた。
「お疲れさん。Hも。」
私も缶ビールを開けて差し出した。
三人は空調の効いた部屋で缶を打ち合わせて一斉に缶ビールを飲み始めた。
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