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三人が缶ビールから口を離した直後、異変は起こった。
「おい、A。見ろ。こいつ痙攣してないか?」
格下認定四十代の一人が私に声をかけてきた。
「は?マジか?」
私は吐いてしまった若い衆に目をやると確かに小刻みに痙攣している。
私は慌てて若い衆の額に手をやると完全に汗が止まっていて驚くほど額が熱い。
「…こりゃマズイ。熱中症だ。」
私の言葉に驚いた格下認定四十代の一人も額に手をやるとゆっくりと頷いた後に青ざめて叫んだ。
「A!救急車呼べ!早く!H!冷やすモン持ってきてくれ!急げ!ありったけ持ってくるんだ!何でもいい!おい!大丈夫か!おい!」
格下認定四十代の一人は慌てて私とH氏に指示を出した。
私が緊急通報して説明している間、格下認定四十代の一人はH氏が次々と持って来るアイスノンや氷を詰めた袋等を脇の下や足のつけ根、額に乗せていく。
私は緊急通報を終えると、外に出て皆に言った。
「おーい。お前ら。救急車が来る。あいつ熱中症だ熱中症、一旦中止だぞ。一旦中止しろ。中止だ、中止。」
私がそう言って回ると会場が静寂に包まれた。
が、すぐにその静寂は破られた。
「はぁ!?熱中症!?何でこの俺に報告しねぇで勝手に通報すんだよ!!」
T氏の怒号が響く。
田舎とはいえ、H氏宅から少し離れた場所には住居があるのだ。
迷惑を全く考えていないボリュームである。
それにここはプライベートな空間であり、職場ではないし、仕事ではない。
T氏への報告の義務など無いのである。
それを意味不明な理屈で理不尽な怒りをぶちまけるT氏に対して私は我慢の限界を迎えた。
「勝手に?勝手にって…ハッ…Tさん、あいつ死んだら責任取れるんですか?」
T氏は一瞬目を見開いた後、思い切り私を睨みつけてきた。
「…あ…?」
「もういいです。おーい、お前ら、お開きだお開き。たぶんもう来るぞ。」
私はT氏を無視して言った。
熱中症の恐ろしさをここで述べるつもりは無いが、処置は早い方が良いのは間違いない。
救急車が到着すると、私は救急隊員に事情を説明しH氏宅のリビングへ案内した。
「おい!A!目ぇ開けたぞ!こいつ!あ!すいません!!よろしくお願いします!状況…いや、症状は…」
格下認定四十代の一人は私の姿を見るなり叫び、私の後ろにいる救急隊員を見ると深々と頭を下げてから状況を説明し始めた。
そして一通り説明を終えると、救急隊員はスピーディーに段取りを済ませ、ストレッチャーに乗せてあっという間に救急車内に運び込んでしまった。
職人技である。
「俺は付き添いで救急車に乗る。A、お前んとこカミさん呼べるか?救急搬送先の病院まで迎えにきてほしいんだが…。」
救急車に乗り込んだ格下認定四十代の一人は私に言った。
「あぁ、いいよ。元々迎えに来てもらう予定だったからな。搬送先わかったら電話しろよ。」
私はそう言うとヒラヒラと手を振った。
「悪いな。頼む。H、ありがとな。」
格下認定四十代の一人は私の後ろにいるH氏に敬礼をした。
そしてお通夜のような空気の中でバーベキュー大会の片付けを行い、その日は解散。
機嫌を損ねたT氏は自分が持参してきたものだけ片付けると迎えに来た奥様の車に乗りそそくさとその場を去った。
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