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ようやくラヴィナの涙が落ち着くと、リアンが静かな声で話し始めた。
「お嬢様……一つ言い忘れたことがございます」
「何かしら」
「お嬢様が熱でうなされているとき、公爵家のシュカリオン様がお見えになりました」
名前を聞いてもすぐに顔が思い出せなかった。しかし、由緒正しき公爵家など数えるほどしかないので、あのシュカリオン·タイザーに結びつく。
「なぜ?」
「お見舞いでございます」
「それはそうでしょうけど、お見舞いに来るほど仲が良かったかしら」
リアンは少し困ったように答える。
「私も存じ上げなかったのですが、学校などでお会いするものとばかり」
「私から彼の話を聞いたことはないのよね?」
「はい、ございません。しかし、シュカリオン様のお見舞いは一番乗りでしたので、何か親しい間柄なのだろうと勝手に解釈しておりました」
確かに学校は同じだったが、年齢が四つも上で彼はすでに卒業しており、学内の研究室にこもっているというもっぱらの噂だ
かろうじて剣術の稽古で出てくることがあるらしいが、記憶にある限り、学内で一度も会ったことがない。
「彼は何か言っていたかしら?」
「目が覚めて落ち着いたようなら連絡をくれ、とのことでした」
連絡をくれ、とは何か。死に戻る前も死に戻った後も関係性は薄い。
先ほどまでは死にたくてしょうがなかったが、死ぬのは彼と会った後でも遅くないだろうと思うようになっていた。お見舞いに来てくれた理由がはっきりとわかってから死のうと心に決める。
窓の外を見ると、まだ木々には桃色の花びらが微かに残っていた。部屋はほんのりと温かい。
*
馬車からの降りると、目の前には王宮のような厳かな建物が並んでいた。タイザー公爵家である。
「ラヴィナ様、お待ちしておりました。ただいま客室までご案内いたします」
使用人が出迎えてくれ、豪邸の中にまで入る。もちろん、前もって連絡済みだが、初めての来訪なので何か思われているかもしれない。
客室で座って待っていると、シュカリオンがドカドカと部屋に入ってきた。使用人はみな、開いた扉の外側で待機するよう命じられる。
「わざわざ来てもらって悪いね。もっと早く連絡くれれば俺から会いに行ったのに」
突然入ってきたので立ち上がるのが遅くなったが、ラヴィナはすぐに挨拶をした。
「子爵家ラヴィナ・コルトナーでございます。病気の際は、わざわざ家まで訪ねて来て下さったとうかがいました。誠にありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「いや、お礼なんかいいから頭を上げて座って。俺だってお見舞いの他に理由があったから行ったんだ」
やはりそうか……そう思いながら顔を上げ、シュカリオンがソファーに座ったのを見計らってから腰を掛ける。目の前の人物に目を向けるが、おそらく初対面で間違いない。
なぜなら、一度会えば忘れることができないほど整った顔立ちをしていたからだ。この国リルミムの第一王子フェリオットにも劣らない美しさがあった。
フェリオットは王族にありがちな金髪碧眼であるのに対し、シュカリオンは少し長めの漆黒の髪で、一本一本が生きているかのよう艷やか。肌は透き通るように白く陶器のように滑らかで、目つきは鋭かったが、妖艶さを助長するばかりで瞳は夜の海のように影が深い。
どうやら研究室にこもっているという話は本当のなようだ。外を出歩いていて、この肌の美しさはないだろう。
「私に何か用があるとうかがったのですが……」
「体の調子はもういいのだな?」
「はい。良好でございます」
「一部、記憶喪失だと聞いたが」
「はぁ、どうもそうらしいです」
「高熱が出たときのことは覚えているか?」
質問攻めだったが臆することはない。彼が真剣なのが伝わってきたからだ。
目覚めたときはすでに熱は下がっていたし、目覚める前は死に戻る前の記憶があるだけだった。
「いえ、全く」
「なるほどな……」
シュカリオンは何やら考え込んでいるようだった。
「それが、何か」
「俺が駆けつけたのは、君の周りに呪いを検知したからなんだ」
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