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「何ですか?」
ふふふ、と不気味に笑う彼。
「何と、結婚を急かされることがない!俺は今、適齢期で本来なら死ぬほど令嬢を紹介されるわけだが、研究することを交換条件にそれはなくなったんだ。フェリオットとの契約でね。だから無理にお見合いをする必要はないし、結婚をする必要もない!」
「……結婚願望はないんですか?」
ラヴィナにとって結婚は、人生の一部で避けて通ることのできるものではなかった。貴族令嬢とはそういうものなのだと、何の疑いも抱かずに生きてきた。
「ないことはない。でも、したいときにするよ。したいときに相手がいないなら一生独身でもいいし。呪いの研究をしてればいいだけだからね。幸い弟たちもいるし、公爵家が潰れることもないだろう」
呪いのことばかり考えているのかと思ったら、彼なりに将来を見据えているうようだった。それに比べて私は――
彼と話していたらいつの間にか涙は止まっていた。悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくる。彼は死に戻っても、何のためらいもなく研究に没頭していた。うらやましい限りだ。
ファービルとの結婚ばかり夢見ていたラヴィナ。だがそれだけが人生ではないのかもしれない。相手はファービルでなくてもいいのだし、無理に結婚をしなくてもいい。
彼の話を聞いていたら、いつの間にかそう思えるようになっていた。
「実は私……シュカリオン様にお会いしたら死のうと思っていたんです」
「何だよ急に。物騒だな」
顔をしかめるシュカリオン。
「ファービル様と結婚できない人生なんて、死に戻った意味がないって思っていたので……だってそうでしょう?やり直したいのに、もうやり直せないんです。だから死のうと思ってた、さっきまでは」
「今は?」
「とりあえず学生生活に戻ろうかと。結婚できないからといって死ぬなんてもったいないですし。それで……ときどきですが、呪いの研究を手伝いに行ってもいいですか?」
シュカリオンはきょとんとしていたが、数秒後には、にやーっと悪そうな笑みを浮かべた。
「どうぞ、ご令嬢の赴くままに!」
その大袈裟な言い回しで、ラヴィナの心はずいぶん軽くなった。
もう、たぶん、大丈夫だ。
「ところでさっそくなんですが……」
「どうした?」
「私たち二人とも死に戻ったということは、二人とも魔力があるのではないでしょうか」
「んな馬鹿な。魔力保持者は絶滅危惧種だぞ?たまたまこんなところに二人もそろうわけ……いや、待てよ」
シュカリオンは顎に右手を当て、しばらく考え込む。
「お前……さっきまで死のうと思ってた、って言ってたよな?」
「へぇ?まあ」
悪い予感がした。
「ちょっと……死んでみてくれないか?」
一瞬何を言われているのかわからなくなる。
「……はぁっ?何言ってるんですか、イヤですよ、せっかく前向きに生きていこうって決めた人に何ゆってるんですか。死よりも生きる喜びを教えて下さいよ」
「魔力があるなら、もう一度死に戻る可能性があるだろ?何度も生きるという喜びはどうだ」
「イヤですって。死に戻らない可能性もありますよね?せっかく戻ったんですから、もう死にたくないです」
彼がものすごくへんてこな顔をしている。
「さっきまでは死のうとしてたじゃないか」
「気が変わったんです。運よく死に戻っても、シュカリオン様と出会えない可能性もあるわけで、そういう煩わしさもイヤなんです。シュカリオン様が死んでみたらいいじゃないですか」
「いや、もし俺が戻れなかったら呪いの研究が滞るだろ」
シュカリオンが冷静に答える。
「戻れなかったら、って言いました?」
「可能性としてな」
うんうん、とうなづく彼。
「戻れなかったら本当に死ぬんですよ?」
「だからお前に頼んでる。研究には犠牲がつきものだ」
「勝手に人の命を犠牲にしないで下さいよ!私のこと何だと思ってるんですか。研究室ぶち壊しますよ!?」
「いや、それはやめてくれ。俺の汗と涙の結晶なんだ」
こうやって二人の言い争いは日暮れまで続いた。
ラヴィナはもう、少しも死にたいとは思っていなかった。
(了)
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