第1話 婚約破棄は電光石火の如く

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 ブツン。  ずっと何かに耐えて張り詰めていた分厚い紐が、千切れたような音だった。自分の中で聞こえたそれは今までの──ユティア・メイフィールド公爵令嬢としての全てを否定して、踏みにじる行為に他ならない。  大事にしてきた温室のありさまは、私の心を具現化したよう。  美しかった窓硝子、四季折々の花々に育成が難しい薬草、温度調節に苦労した噴水、端に作って貰った調理場、珍しい調味料に、食材。  ああ……全部、壊れてしまった。  悲しくて、酷く惨めだったけれど、公爵令嬢として人前で涙を流すこともできず、俯くことしかできないなんて……。  アドルフ様から婚約破棄の書類を手渡されて、サインをした後のことはよく覚えていない。  それからは糸が切れた人形のように、ただ黙って時が過ぎていく。怒りよりも失った物のショックのほうが大きかった。  あれだけの空間を整えるのに何年もかかったし、あの場所でアドルフ様は「自分と婚約してほしい」と言ってくださったのを忘れてしまったのね。  お互いに子供だったけれど、すごく嬉しかったのに……。いつの間にかアドルフ様は温室に現れなくなった。  それにしても温室でお茶をしているだけだなんて、誰がいったのかしら?  ううん、今となってはもう……どうでもいい。
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