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その言葉に全員が固まった。
これ以上、自分の主張を貫けば、大好きな物が食べられないと瞬時に理解したようだ。お互いに食べ合いっこを初めて「これもなかなか」と言い合う。
精霊や妖精は基本的に本音しか言わない。人間のようなお世辞という概念がそもそもないのだ。それゆえ時々過激な発言が飛び交うが、戦闘にならないだけ平和だったりする。
「きゅいきゅう」
『ゆてぃあの、りょうりのちしきは、どくがくなのでしょうか?』
「ううん、違うわ。お母様の分厚いに手帳と、異世界転生者であるオウカ・サクラギという、冒険譚や魔獣種についての書物を参考にしているわ」
「きゅう」
『べつせかいの、ちしきでしたか』
オウカ・サクラギ。
彗星の如く現れた希代の料理冒険者で、数々の調理法や調味料、魔物種の食べ方などの功績により、この世界の食文化を大きく変えた人物で、すでに三百歳を超える半森人妖精だ。
「ええ。オウカ・サクラギ……いつか会ってみたいわ」
「きゅう! きゅううう! きゅい! きゅいいい!!」
『言語化に失敗しました』
ポツリと呟いたことに、リア様は過剰反応して再びナイフとフォークを床に落とす。そればかりか、涙目で私の胸元に飛び込んでくる。
モフモフなのに、ショックが大きいのか毛が逆立って「きゅう」と前脚で抗議してくる。
なんとも可愛らしい。目をうるうるさせるリア様に、生クリームたっぷりのパンケーキを食べさせると、もきゅもきゅと美味しそうに頬張って食べるのに夢中になった。
ちょろい。
お代わりを要求するので、今度はベリージャムを付けて食べさせる。これも美味しそうにかつ幸せそうである。少し頬が赤いけれど、照れているのね。
『……うわぁ。シシン、いいの?』
『ボクはもう楽しんで事の成り行きを見守ろうと思っている』
『グッ。ユティア泣かせたら削ぐ』
『…………』
『いいんじゃない? 『劣悪令嬢』って呼ばれていたあの鳥籠にいるよりも幸せそうだし』
また賑やかな話題になり、空気が変わった。
なんとも賑やかで、穏やかな時間。
温室にいた頃は来客がひっきりなしだったけれど、こんな風にのんびりすることはなかった。もっとも依頼で菓子を作ることはあったけれど。
あの時の楽しみといったら、冒険者からの助っ人で各地を巡ったことぐらいかしら。温室も色んな物や思い出が溢れて……居場所になってから好きになっていったけれど、今の生活のほうが断然好きだわ!
私がそんな風に思っていた頃、王国では大変なことになっていた。それを聞いたのは、リーさんが死の砂漠を訪ねてきて発覚したのだけれど。
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