510人が本棚に入れています
本棚に追加
シシンが私の周りを飛び回りながら、楽しそうに語る。その言葉を聞いてき自分の諦めていた夢を思い出す。
そうだわ、アドルフ様の婚約者になる前は「商人のように世界を巡って渡り歩きたい」と思っていた。新しい食材に料理、珍しい薬草や果実の栽培に研究……。華やかではないけれど、自然と共に生きていく穏やかな日々……そうだわ、私は夢物語に出てくる『善き魔女』になりたい。
「……そうね。自由になったのだから、自給自足の魔女様のような生活をしたいわ!」
『決まりだね! じゃあ、これはボクからのお祝いだよ! 人は様々な要因で環境や運命が大きく揺らぐ。君の波紋が新たな運命を刻む道標となることを祈って──祝福』
周囲の風が白銀と金によって煌めき、私の足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。いつ見ても精霊の転移魔法は、魔法の術式よりも美しくて光の輝きが段違いだわ。
光に包まれる中、背後が何やら騒がしい。
「ユティア様!!」
「え」
振り返れば姿を見なかったリーさんが王城から走ってくるのが見えた。しかし転移魔法は発動してしまっているので、中断はできない。
リーさんもそれは分かったのだろう。大きく振りかぶって何かを投げた。
「これだけでも、持っていってやってくれ」
「!」
受け取った物は宝石の付いたブローチだけれど、これって──。
確認することも、お礼を言うこともできずに私の体はまだ見ぬ新天地へと飛んだ。
春月四日目、青い三日月の日。
この日、淡い光が一斉にトワイランド王国中から溢れて霧散するという怪事件が起こる。摩訶不思議な現象だったが実害もなかったので誰も気に留めておらず、それよりも大商人リーの三鱗商会がトワイランド王国から撤退する話で持ちきりとなった。
ユティア・メイフィールドが消えた日を境に魔法そのものの威力や効果がガクンと下がり、王国中で問題が多数発生する。その原因を王国住民たちが知るのはもっとずっと後のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!