第1話 婚約破棄は電光石火の如く

1/3
前へ
/112ページ
次へ

第1話 婚約破棄は電光石火の如く

 何重にも美しい紋様と術式が付与された硝子の部屋、温室庭園。植物館ほどの広さを持つこの場所は私にとって大切な場所であり、そして公爵令嬢──次期王妃としての役割を果たすための職場でもあったのに。 「王城の一角にある温室を無断で占拠していたのは、本当のようだな。ユティア・メイフィールド嬢」 「で、殿下? こちらにお越しになるとは、珍しいですわね」 「なにを白々しい!」  漆黒の長い髪に緋色の瞳、長身で整った顔立ちの偉丈夫は、この国で一番の魔力を持つアドルフ・セイデル・ハバート王太子殿下だ。そして私の婚約者でもある。  そんな殿下の傍には漆黒の髪の美女が並んでいた。オレンジ色の瞳、綺麗美人さんだけれど、少しキツメな雰囲気。ピリピリした空気を纏っているのに、修道服姿というのはなんだか違和感がすごい。  聖女エリー。噂以上に腹黒かつ性格が悪そうなのが雰囲気でわかる。清楚という感じがないのだもの。いつから教会は即物的になったのかしら?  そんな取り止めのないことを考えている場合ではなかったわ。   今は大事な商談中! 「アドルフ殿下、大変申し訳ありませんが今は──」 「また商人を勝手に呼びつけて、ガラクタを買うつもりか? 財務から聞いたが、ここに温室の維持費及び予算の額はなんだ! すでに王妃気取りだったのなら本性を表すのが早かったな。ユティア・メイフィールド公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」 「ぷぐっ」と、慌てて口を押さえたのは商人のリーさんだ。細目で肌が蛇の鱗のようなちょっと変わった──いや外見は胡散臭いし、常に黒くて袖の長い東の民族衣装を着こなしているけれど、商人としての腕は超一流。  そんなリーさんは袖で口を覆って笑いを堪えている。  うん、そうね。事実を知っていたら、そうなるわ。王太子なのに財務大臣の話を鵜呑みにして……次期国王として不安しかない。そんなんだから、私のような者が王妃に選ばれるのだろうけれど……。  とにかくいつものように、ここは私が折れて──。 「始めろ」 「え?」
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

324人が本棚に入れています
本棚に追加