思い出の山

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 悟(さとる)は東京に住む大学4年生。来年4月からの就職も決まり、あとは卒業論文だけになった。悟は山梨で生まれ、高校までを山梨で過ごした。高校を卒業すると、東京の大学に進学し、東京で就職しようと思っている。東京には夢があるし、豊かさがあるから、ここで頑張ろうと思ったようだ。  悟は最後の夏休みを楽しんでいた。社会人になると夏休みなんてなくなる。盆休みはあるが、夏休みよりもずっと短い。だが、いつまでも夏休み夏休みと言ってられない。共働きの両親は夏休みなんてない。そう思うと、社会人になったら夏休みを忘れなければならないと思っている。  今日は神奈川県にある笹井山(ささいやま)に登る予定だ。悟は何回か登った事がある。だが、今日は特別な山登りだ。隣には悟の高校時代からのガールフレンド、紗香(さやか)がいる。紗香は高校の頃は一緒だったが、高校卒業とともに別居するようになった。紗香は山梨の企業に就職した。だが、その企業は東京に本社があり、いつか東京で頑張りたい、東京で悟と一緒に暮らしたいと思っているようだ。 「さて、行こうか?」 「うん」  2人は笹井山の登山口にやって来た。今日は8月最後の日曜日という事もあってか、多くの人が来ている。8月がもうすぐ終わるので、今のうちに山に登ろうと思っているようだ。 「多くの人が来てるね」 「そうね」  登山客の中には、家族連れもある。子供たちは夏休み期間中だ。すでに子供たちは夏休みの宿題を終えているんだろうか? 自由研究は何なのか気になる。彼らを見て、2人は夏休みの自由研究の事を思い出した。いつもなかなか終わらず、悩んでいたっけ。だけど、それもいい思い出だ。 「笹井山を登るのって、4年ぶりだね」 「うん」  2人は高校3年生のころに登った事がある。登るのはそれ以来だ。高校3年生と言えば、大学受験に就職活動に忙しい時だった。夏休みが終わると、大学受験や就職活動を本格的に始める時期になる。あの頃は大変だったな。進路相談に、家族会議に。だけどそれもいい思い出だ。悩んだ過去があるからこそ、今がある。 「あれから受験勉強になって、東京に行って、寂しくなかった?」  ふと、紗香は思った。高校卒業とともに、離れ離れになった。それでも、寂しくなかったんだろうか? 「ううん。電話で話していると、そんなに寂しくないよ」 「そうか。よかった」  紗香はほっとした。あれから会う機会が少なくなったけど、遠距離恋愛は順調に進んでいるようだ。 「さて、登るか」 「うん」  2人は笹井山を登り始めた。登山道には行列ができている。みんな、笹井山の頂上を目指すと思われる。彼らは真剣な表情だ。その先に絶景が待っているのだから。 「大学生活、どう?」 「大変だけど、とてもためになってるよ。来年の春の就職も決まったし、あとは卒業論文だよ」  紗香は大学に進まなかった。だが、就職を選択した。最初は大学に進学したかったものの、金がかかるという理由で断念した。そして、今ではすっかり仕事に慣れて、近々東京に転勤といううわさも出ているほどだ。もし東京に転勤となれば、悟と一緒になれる。そう思うと、とても嬉しいな。 「そうなんだ。私は甲府で就職してるけど、東京に転勤したいな。一緒に住めるから」  悟は嬉しくなった。一緒になれる事で、結婚にまた近づく。 「本当?」 「うん」  その後も2人は歩き続けた。どこまで歩けば山頂にたどり着けるんだろうと思い始めた。山頂までの道のりは、長くて険しい。だけど、登らなければ。  1時間後、2人はようやく五合目にやって来た。五合目当たりでは多くの人が休憩をしている。みんな楽しそうだが、その中には疲れている人もいる。息を切らしている人もいる。 「やっと五合目だね」 「うん」  2人は五合目からの眺めを見た。甲府の街並みが見える。だが、その景色はまだまだだ。山頂に行けばもっといい風景が見られるだろう。 「まだまだ頑張ろうね」 「ああ」  と、紗香は高校時代の事を思い出した。とてもいい思い出だった。今でも夢の中によく出てくる。だけど、その日々は夢の中でしか見られない。 「高校時代は楽しかったね。恋をして、一緒に喫茶店に行って」 「いい思い出だったけど、悟くんが大学に進むと、会える日が少なくなってきたね」  悟もその頃は覚えている。いい思い出だったけど、もう戻る事はできない。だけど、紗香が東京に来たら、それ以上の思い出を作りたいな。 「だけど、また一緒になれる日を楽しみにしてるよ」 「ありがとう。一生懸命頑張って、東京に行けるように頑張るね」 「うん」  2人は再び歩き出した。その先に進む登山客は疲れている。2人も疲れている。だけど、進まなければ。次第に2人は息を切らし始めた。徐々に疲れてきたようだ。  2人は少し立ち止まった。ここは八合目だ。ようやく頂上が見えてくる頃だ。この辺りには休憩所があり、何人かの人が疲れをとっていた。 「そろそろ八合目だね」  2人は八合目からの景色を見た。五合目よりもいい風景だ。うっすらとではあるが、東京も見える。それを見て、悟は思った。自分が住んでいるアパートはあるんだろうか? 悟はじっと見つめたが、見つからなかった。 「いい眺め」 「そうだね」  だが、ここがゴールじゃない。ゴールは頂上だ。頂上だからこそ、最高の風景が見えるのだ。 「だけど、まだまだ山頂じゃないからね」 「そうだね。頑張らないと」 「さて、行こう!」  2人は少し休んで、再び歩き出した。まだまだこれからだ。山頂にはきっと最高の景色が見えるはずだ。  八合目から数十分歩いていると、山頂が見えてきた。山頂には多くの人がいる。彼らは山頂からの風景を見ている。自分ももうすぐその風景を体感するんだと思うと、そこに行きたいという気持ちでやる気が出てくる。 「山頂が見えてきた!」 「本当だ!」  2人はようやく山頂にたどり着いた。2人はほっとした。 「やっと着いた!」  とてもいい眺めだ。東京の街並みも一望できる。やはり笹井山の景色は最高だ。本当に素晴らしい。 「すごい眺め! やっぱ笹井山の眺めは素晴らしいね」 「あの時と変わっていないね」  2人は山頂からの眺めに見とれた。何度も登っているとはいえ、何度見ても素晴らしい。飽きが来ないのは、どうしてだろう。それほどいい眺めだからだろう。  紗香は遠くを見た。そこには悟が住んでいる東京が見える。いつはここに一緒に住むんだ。そして、結婚するんだ。 「東京が見える・・・」 「本当だ!」  悟は真剣に東京の風景を見ている。いつかここで一緒に暮らそう。 「いつかここで一緒に暮らしましょ?」 「うん」  そうして2人は山を下りた。いつか、その先にある東京で暮らすことを夢に見ながら。
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