昔、ここには大きな山があって

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昔、ここには大きな山があって

 一葉も小学生の例にもれず、お掃除が嫌いだった。  その日は学校行事で、近所の古墳掃除に来ていた。  一葉はもう四年生だから、古墳というものが何かは知っている。古墳は、昔のえらい人のお墓だ。でも今は草ぼうぼうで、下からでは丸も三角もわからない草むらだった。  先生が子どもたちを集めて言う。 「みなさん、軍手をはめて、ゴミ袋を持ちましたね? 三十分になったらここに戻って来てください。あと、お水をちゃんと飲みましょう。では」  お掃除開始と先生が言葉を切ると、子どもたちはのそのそと辺りに散らばった。  一葉もぼんやりと、お掃除嫌だなと思いながら草むらに歩き出した。暑いし、虫も出るし、ついでに古墳っていうのが嫌だった。  ……だってお墓って、お化けが出るところじゃん。そんなこと言ったら男の子たちにからかわれそうだけど、一葉はお化けが怖かった。  お化けが出そうな時間じゃないのは、ほっとしていた。午前九時から三十分、休憩を取って残り二十分、それで終わりだけど、面倒なのは変わりない。一葉は内心ぶぅぶぅ言いながら草むしりをしていた。  草むしりって、楽しくない。せめて虫取りの方が楽しい。でも古墳では虫を取っちゃいけないと言われてるから、余計に面白くない。  子どもたちはもう先生の目が届かない、草むらの隅っこでおしゃべりをしていた。  でも一葉は言いつけを守る子で、おしゃべりしたりさぼったりする性格でもない。  黙々と草むしりをしながら、けど不満を持っていないわけでもなくて、一葉はうずうずする気持ちをこらえていた。  そんなとき、ふと目の前がかげって、一葉は顔を上げる。 「お掃除ありがとう」  一葉の目の前に立っていたのは、同い年くらいの女の子だった。  目の形が細くて、鼻が高い。クラスにいる子じゃない。それに格好が、なんだか変だった。だぶだぶの白い袖を垂らして、長い髪を複雑に巻いていた。  一葉は振り返って周りの子たちを見る。いつの間にか周りに誰もいなくて、しかもそこはさっきまでの草むらじゃなかった。  高く伸びる木がたくさん生えていて、水の流れる音がしていた。土の匂いが強く香っていて、どこかで鳥の声が聞こえる。  一葉はきょろきょろとしてから、女の子に目を戻す。 「お掃除しないと怒られちゃうよ」 「大丈夫。今は水たまりの時間だから」 「水たまりの時間?」  一葉が問い返すと、女の子は不思議なことを言う。 「流れてない時間ってこと。私が起きている時間」  一葉はその言葉の意味はわからなかったけど、顔をしかめて言った。 「あなたは、お化け?」  女の子はくすっと笑うと、うなずいて言葉を続ける。 「当たり。でも悪いことはしないよ。私だって、悪さをしたら怒られちゃうんだからね」  一葉はお化けだったら怖い気もするけど、悪いことをして怒られちゃうなら、自分とそんなに変わらないかなと思った。  一葉は女の子を見上げて問いかける。 「じゃあ何をするの?」 「歌を歌う」  女の子はそう言って、空を撫でるように手を広げる。  息を吸って、片方の手を胸に当てて、女の子は歌いだす。 「……昔、ここには大きな山があって」  それは覚えがない歌だったけれど、どこかで聞いたことがあるようにも聞こえた。 「森があって、水があって、鳥が飛んで、花が咲いて。人が住んで、火を焚いて、実を食べて、眠っていました」  女の子は懐かしそうに、のびやかに歌う。 「時間は流れる。景色は変わる。ちょっと寂しい、でもそういうもの。まあいいか、明日起きたら考えよ」  それはへんてこな歌でもあった。嬉しいのか悲しいのか、それもよくわからなかった。  一葉はどこかの景色が見えて、懐かしい音が聞こえた気がした。確かにちょっと寂しくて、でもそういうものだと思った。  一葉の周りを歌はくるくる回って、やがて女の子はうやうやしく一礼する。 「お掃除ありがとう。……またね!」  最後にとびきりの笑顔を残して、女の子は消えた。  一葉の耳に周りのざわめきが戻って来る。見渡せば辺りはお掃除をしている同級生たちがいて、そこは原っぱが広がっている。  まもなくお掃除の時間が終わる頃だった。みんなも一葉も家に帰って、たぶんお掃除の文句を言うのだろう。  でも今日の一葉はちょっとだけ、お掃除してよかったと思った。 「……昔、ここには大きな山があって」  そこにはお化けたちが楽しく暮らしていたのだと思うと、そんなに悪い気持ちはしない。  一葉は草を払って立ち上がった。  古墳の原っぱには風が吹いて、くるくると空へ帰って行った。
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