ワンダフルドールズ

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 毎年三月三日が近づく頃、わたくしは桐の箱から出されてお内裏様と並んで香坂家のリビングに飾られます。三人官女も一緒です。 「おひめさま?」  小さなえりちゃんがやってきて、お母様がわたくしたちを並べているところをじっと見つめています。まあ、えりちゃん、一年ぶり。ご機嫌いかが。わたくしは声にならない声で、雛壇からえりちゃんに呼びかけます。  えりちゃんは今年で四歳。わたくしを見つめるまんまるな目とふっくらした桃色の頬が愛らしい、素敵なお嬢さんです。 「お姫様じゃなくて、お雛様、よ」  お母様が三人官女のひとりに、小さな長柄を持たせながら優しく答えます。  そうよ、えりちゃん。私はお雛様。一年に一度、えりちゃんの幸せと健康を祈るお人形。えりちゃんは去年はわたくしの絵を描いてくださった。その前の年は覚えたばかりの『ひなまつり』の歌を歌ってくれた。それにわたくしの十二単を「すごくきれい!」とおっしゃってくれた。ーーさて、今年は何をして遊びましょうか?  ところが、えりちゃんは急に雛壇から離れ、ソファーにちょこんと座りました。  そのとき、わたくしはえりちゃんがお人形を抱えていることに気づきました。すらっとした細身のお人形は長い金髪で、ぱっちりとした目は輝いています。頬と唇は桜のような桃色。すみれ色の短い丈のワンピースを身にまとっています。  えりちゃんはそのお人形に「エナちゃん」と呼びかけると、自分の隣に座らせておしゃべりを始めます。ああ、いろいろなポーズを取ることができるなんてうらやましい。わたくしはえりちゃんたちが眠ってからは動けますが、それまではずっと正座ですから。 「ハーイ、えり!」  不意にエナさんの弾んだ声が聞こえてきました。その声にならない声、同じ人形のわたくしには聞こえます。わたくしは眉をひそめました。えりちゃんを呼び捨てにするなんて、なんて軽々しいのでしょう。 「今日もエナと遊んでくれるのね! うれしいわ! 今日は何をする? ファッションショー? お花屋さんごっこ? 私はなんでもできるわ!」  甲高い声もとても耳障りで、わたくしは思わず扇で口元を覆います。ええ、もちろん動けませんから気持ちだけですけど。 「エナちゃん、今日も公園に一緒に行く?」  えりちゃんがエナさんの顔をのぞきこむと、彼女は明るく答えます。 「いいわね! ティーパーティーごっこでもしましょう!」 「エナちゃん、お外に出かけるからお着替えしよう。ピンク色のワンピースがいいな」 「オッケー、えり。私もあれ大好きよ!」  えりちゃんが壁際のおもちゃ箱に近づき、中から桃色のふんわりとしたワンピースを取り出してエナさんをお着替えさせます。雛壇の一番上から見ていると、おもちゃ箱にはたくさんのワンピースやドレスがあるのが見えます。あんなにたくさんお召し物をお持ちだなんて……。  そのとき三人官女を飾り終えたお母様が振り向きました。  「えり、せっかく飾ったから一緒に見ようよ」 「いや」とえりちゃんはすぐに首を振ります。 「だっておひなさま、顔が怖い。エナちゃんの方がかわいいもん」  そう言うと、えりちゃんはすぐにリビングから出ていってしまいました。わたくしには目もくれず。  怖いーー。顔が、怖いーー。エナさんの方がかわいいーー。  わたくしは扇を落としそうになりました。雛壇の皆さんが狼狽して、何か声をかけてくれていますが、わたくしの耳には届きません。  えりちゃん、わたくし、怖いのですか?
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