ワンダフルドールズ

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「ハーイ、初めまして! 私はエナ! あなたは?」  その晩、えりちゃん家族が寝静まった頃、エナさんが雛壇に登ってきました。今はリボンのついた薄い青色のネグリジェを着ています。えりちゃんにさっき寝室に連れて行かれましたから、わざわざ抜け出して来たのでしょう。 「あなた、失礼ですよ。この御方はあなたとは比べ物にならないほど高貴な御方」 「えりちゃんの幸せと健康のために、強力な祈りの力を持っておられるのよ」 「三月三日の祈りの儀式のためにこちらにいらっしゃるのです。本来だったら話しかけることなどーー」  三人官女が慌てて咎めますが、エナさんは素知らぬ顔で続けます。 「私、去年のえりちゃんのお誕生日にここに来たの! あなたの素敵なおともだち! マイワンダフルドール・エナ! よろしくね!」 「なんですの、その、『あなたの素敵なおともだち! マイワンダフルドール・エナ!』というのは」  冷ややかに尋ねたわたくしに、エナさんは事も無げに、「おもちゃ会社が私につけたキャッチコピーよ」と答えると、ぱっちりとした目で私を見つめます。 「それで、名前は?」 「無礼な!」と騒ぐ三人官女をたしなめて私は答えます。 「皆さんは、わたくしを『お雛様』と呼びます」 「へえ、じゃあ雛ちゃんね。よろしくね、雛ちゃん!」  こんなふうに呼ばれたことは今まで一度もありません。わたくしだけでなく、お内裏様も三人官女もぽかんと彼女を見ています。 「雛ちゃん、昼間私のことじっと見ていたでしょう? だからお話してみたくって」  エナさんはわたくしが座っている親王台の端にちょこんと腰掛けます。 「見てなどおりません」  わたくしは扇で顔を半分隠してそっぽを向きます。 「うっそー、見ていたって!」 「見ておりません。一年ぶりにえりちゃんにお会いできたのがうれしくて、えりちゃんを見ていたのです」 「でも、そのえりちゃんは私の方が好きみたい」  その瞬間わたくしは手元の扇をぱちりと閉じて、エナさんを見据えました。 「もう話しかけないで頂けますか。三月三日の祈りの儀式に向けて集中したいので」 「そう? 残念!」  エナさんは立ち上がると、ひらりとジャンプして雛壇から降りました。 「じゃあ、私、戻らないと。えりちゃんが夢の中で私を待っているから」  そう言うと、彼女は軽い足取りでリビングを出ていってしまいました。  わたくしはため息をつきます。なんておしゃべりで失礼な方でしょう。あんな方とえりちゃんが遊んでいるだなんて。でもーー。  わたくしはため息をつきます。昼間のワンピースも今のネグリジェもとても素敵。よくお似合いで、えりちゃんはきっと彼女にたくさんのお洋服を着せたいのでしょう。それに引き換え、わたくしには今着ている十二単だけ。いくら上等な物でもそれしかないのです。しかもえりちゃんと一緒に遊んだり、抱きかかえて頂くことなんてありません。 「うらやましいーー」  思わずつぶやいて、わたくしははっと口元を扇で覆います。幸い雛壇の誰にも聞こえなかったようです。三人官女はエナさんのことを口々に怒っていますし、お内裏様は彼女たちをなだめていましたから。
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