ワンダフルドールズ

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 翌日も、その翌日もえりちゃんはエナさんと一緒です。わたくしはそれを高いところから見ているだけ。  三月一日の深夜のこと。えりちゃんも家族も、雛壇の皆さんも寝静まった頃、わたくしはそっと立ち上がって雛壇を降ります。十二単が重すぎて、歩くのさえ一苦労です。  なんとか床に降り立つとわたくしは壁際にあるえりちゃんのおもちゃ箱に近づきます。中をのぞくと、何着ものワンピースやドレス、それにネグリジェが丁寧に重ねてしまってありました。  キラキラのラメが入ったスカート、ふんわりしたシフォンを重ねたワンピース、エナメルの靴やバッグもあります。ヘアブラシやお化粧品が入ったドレッサーも。全部エナさんのものです。  わたくしは一番上の桃色のワンピースを取ります。わたくしが飾られた日に、えりちゃんがエナさんに着せていたものです。わたくしはそれを自分の体に当てて窓ガラスに映してみます。月明かりがライトのようにわたくしとワンピースを照らしていました。まあなんて美しいお召し物でしょう。このような装いをわたくしもできたらいいのに。そうしたら、えりちゃんもわたくしに振り向いて下さるかもーー。 「何してるの?」  わたくしははっと振り向きました。いつの間にかリビングの入口に、空色のドレスを着たエナさんが立っていました。  わたくしは何も言えず、さっと背中にワンピースを隠します。けれど隠せるはずもありません。 「それ、私のワンピース」  エナさんは目の前に来て、わたくしをじっと見つめます。わたくしはややあってからうなずきました。 「着てみたいの?」  そのお言葉にわたくしは目を丸くしました。怒っていると思っていたのに、エナさんはむしろ真剣にわたくしとワンピースを見てました。恐る恐るうなずいたわたくしに、エナさんはちらりと雛壇に目をやってから声を落とします。 「私ってネグリジェを着ないと眠れないのよね。でもえりちゃんがドレスのままで私をベッドに連れて行って。それで自分で着替えようと思って、今ここに来たの」  話の行方がわからず、わたくしは「はあ」と曖昧に相槌を打ちます。 「せっかくだから、私の着替えを手伝ってくれない? 代わりに私も雛ちゃんのお着替えを手伝うから」 「わたくしの、着替え?」  首をひねったわたくしに、えりちゃんはうなずきます。 「着てみたいんでしょ、そのワンピース。でもその何枚もある着物だとーー」 「十二単」 「ああ、十二単っていうのね。とにかく、その十二単だとお着替え大変でしょう? それにお付きの三人娘は今のあなたを尊敬していて、それに私のこと好きじゃない。見つかったら騒がれるのが目に見えている。だから、そっとふたりで手伝い合って着てみるの。オッケー?」 「……よろしいのでしょうか」  おずおずと尋ねたわたくしにエナさんは人差し指と親指で丸を作ってうなずきます。 「もちろん。だって自分の好きな洋服を着てみたいって、素敵な夢だから。ーーそれに本当のことを言うとね」  エナさんはそっとわたくしにささやきました。 「雛ちゃんの十二単、いつか着てみたいと私も思ったんだよね。とってもきれいだから」  そのひみつの夜以来、わたくしとエナさんはすっかり仲良くなりました。平日の昼間にえりちゃんもご家族もいなくなると、エナさんは雛壇を登ってわたくしのところにおしゃべりをしに来てくれます。深夜になってみんなが眠ってしまうと、わたくしたちはふたりでそっとおしゃれを楽しむのです。えりちゃんのお母様はお裁縫が得意なので、エナさんのワンピースを五着も作って下さったそうです。 「すごく素敵でしょう? このビーズのついたワンピースもえりちゃんのママが作ってくれたのよ」  エナさんは白いワンピースを着て、くるりとわたくしの前で回ってくれます。まるでバレリーナのようです。 「いいですわね。うちの三人官女もお裁縫が得意ですのよ。わたくしの十二単がほころんだときには直してくれるはずです」  わたくしはその日、エナさんから赤い長いドレスを借りていました。とても豪華なものです。  エナさんとわたくしは、こうして深夜にささやかなファッションショーを開いていたのです。  でもそれも明日でおしまい。明日三月三日のひな祭りが終われば、わたくしはすぐにしまわれて、次にエナさんと会えるのは一年後です。わたくしはそれをエナさんに言えませんでした。言葉にしようとすると、きゅっと胸が縮むような気がして言葉が出てこなくなるからです。
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