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今日は晴天。
入道雲がよく見える田舎の一軒家の庭に実をつけたトマト・キュウリ・ナスを横目に、由衣はカラカラと鳴る自転車を押した。
半袖セーラー服でも、背中のリュックが暑すぎて汗だくだ。
自転車を庭の大きな木に無造作にもたれさせると、急に蝉が鳴き始めた。
蝉の泣き声が茹だるような暑さをさらにアップさせ、それだけで汗が噴き出てくる。
「うるさっ」
腕で顔の汗を拭いながら、由衣は玄関へと向かった。
「ただいまぁ〜」
誰からの返事もないまま、由衣は玄関框にドサッとリュックを置き、靴を適当に脱ぐと靴下も玄関框に脱ぎ捨てる。
窓がない薄暗い廊下を裸足で歩くとペタペタと音が鳴り、まるで床が張り付くかのようだった。
由衣は大きな冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに麦茶を注ぐ。
「ぷはぁぁ」
イッキ飲みすると、思わずおっさんのような声が出てしまった。
お母さんに聞かれたら怒られそうだ。
空っぽのコップに再び麦茶を注ぎ、製氷機から鷲掴みにした氷をコップへ入れる。
「いい音!」
ふふっと笑いながら由衣は上機嫌で冷凍庫を開けた。
保冷剤、冷凍食品、凍った肉。
そして不自然に空いたスペース。
「ない!」
由衣はガサガサと冷凍庫を漁った。
勢いよく冷凍庫を閉め、キッチンを飛び出す。
薄暗く狭い階段を駆け上がり向かった先は、兄の部屋だ。
勢いよく扉を開けると、冷房が効いた部屋のベッドで棒アイスを食べながらスマホを見ている兄がゆっくりと振り向く。
「あー、おかえりー」
「私のアイス!」
「早い者勝ちだろ?」
兄はアイスの最後の一口を食べ終わると、悪びれる様子もなくベッド横のゴミ箱に棒を捨てた。
「今日食べようと思って取っておいたのに!」
「だったら名前でも書いておけよ」
「書いたもん!」
スマホをベッドに置いた兄はゴミ箱の中からアイスの包装袋を取り出す。
袋に黒い油性ペンで小さく書かれた『ゆい』の文字に兄は苦笑した。
「マジか」
両手を腰に当てながら由衣は仁王立ちする。
アイスの恨みは恐ろしいのだと今日こそこの兄に教えなくてはならない。
あのアイスは限定のマスカット味。
絶対美味しいに決まっている。
それなのに食べられなかったなんて!
「もっとでっかく書けよ」
勝手に食べて言うセリフがそれ?
「買ってきて!」
「出たら死ぬ」
窓の外は眩しい日差しと入道雲。
「どうせ車じゃん」
由衣は頬を膨らませながら床を踏み鳴らした。
時計は太陽がギラギラ輝く二時四十分。
「もうちょっと涼しく」
「今すぐ食べたい」
どうせ行かずに誤魔化すつもりでしょう?
「母さんに頼んで帰りに」
「今すぐ!」
お母さんに頼もうなんて100年早いわ!
溜息をつきながら兄がベッドから立ち上がると、ベッドの上のコンビニ袋が倒れ、ツナおにぎりとプリンが飛び出した。
由衣はベッドに駆け寄り、プリンを手に取る。
「これ、も~らった」
「待て待て、それは俺の」
兄はプリンを奪い返し、高く上げて意地悪をする。
「私のアイス食べたじゃん!」
なんでこんなにケチなの?
アイスのお詫びに譲るべきでしょ!
これは私が1番好きなプリンなのに!
「ダ~メ」
「いいじゃん!」
飛んでも跳ねても全然プリンに手が届かない。
由衣は頬を膨らませながら、兄の服を掴んで精一杯背伸びをした。
由衣を見下ろしながら微笑む兄には気付かずに――。
コンビニ袋の中にもうひとつ同じプリンが入っていることを由衣はまだ知らない。
END
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