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1.彷徨
その場所を何かに例えるならば図書室とでも言うべきなのだろうか。
けれども図書室というのは雰囲気だけでしかなくて、肝心の本はそれほど見当たらなかった。
広々とした室内には背丈よりやや高いくらいの書架が不規則に置かれていて、そこには薄い雑誌が疎らに収められてはいた。
それらの表紙に載せられているのは文字だけであって、その文字にしてもフォントの小さなアルファベットのようであり、遠目からでは何が書いてあるか読み取ることは出来なかった。
表紙のデザインにしても惹き付けられるような彩りや目新しさなどはまるで無く、大学の研究室の片隅に人知れず置いてある、遙かな昔の学会誌といった趣きだった。
それらを手に取って読んでみようという気など、まるで起こらなかった。
黒く塗られた木製の、両腕を拡げたくらいの幅で大人の背丈ほどの箱が部屋のあちこちに並んでいた。
棺桶を四つくらい持って来て、それを束ねてから黒く塗り、縦にして置いたらこんな感じなのだろうなとの不謹慎な考えが脳裏を過ぎる。
床には中指ほどの長さの木片を縦横に組み合わせた三十センチ四方くらいのブロックが延々と敷き詰められていた。
相当に古びているらしく、それに加えて手入れもあまり行き届いてはいないようで、所々の木片が反り返ったり浮き上がったり、場所によってはすっぽりと無くなってしまっていた。
目を凝らして床の様を見遣ると、木片が抜け落ちた場所には綿埃が溜ったりしていて、その様には何とも遣る瀬無い思いを抱かさせられた。
部屋に居並ぶ黒塗りの箱にしても、床と同様にくたびれ切っていた。
塗装は所々が剥げ落ちていて、そこからは焦茶の木肌が顔を覗かせていた。
顕わになった木肌の色合いも随分と古びていて、塗装が剥げ落ちてから相応の歳月が経っているように思われた。
特に用途も無く、誰からも興味を持たれるでも無く、ただ空間を埋めているだけといった印象を放っていた。
その部屋には窓も無く、昼か夜なのかすらも判然としなかった。
ただ、無表情な薄灰色の壁だけが延々と伸びていた。
さめざめとした白い光がその場所を満たしていたから、所々に電灯は在ったんだと思う。
その部屋は静けさに満たされているといった訳ではなく、唸り声を思わせるような低いざわめきが遠くから仄かに響き来ていた。
そのざわめきは人の声なのか、あるいは何かの機械が為す音なのかは判らなかった。
僕はその部屋を所在も無く、目的など無いままにあちこちと歩き回ってみた。
当初、その部屋は狭いもののように思えていたけれども、いざ歩みを進めてみると意外なまでに広々としていて、何だか裏切られたような思いを抱かさせられた。
しばらくは黙々と歩き回ってみたけれども、何か変わった発見がある訳でも無く、何らかの驚きを抱く訳でも無く、いつか何処かで目にしてきたような退屈極まり無くて草臥れ果てた眺めが延々と続いているだけだった。
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