4.珈琲

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そんな具合に様々な食器類が在ったけれども、それらを買った時にどちらが幾ら負担したといった記録など残しておらず、いちいち憶えてなどいなかったから、どうしたものかと一時間ほど話し合ったように思う。 どちらかが出した案が譲歩し過ぎだと片方が反対するとか、或いはいっそのこと全てをネットオークションに出して売却益を折半しようといった極端な案が浮かんでは消えるといったことが延々と繰り返された。 結局、食器類については彼女が欲しいものを持って行くことで話は纏まった。 「平日は残業ばっかで自分の部屋じゃ料理なんてできなかったし、週末は殆どこっちで過ごしていたから、私の部屋に在る食器なんて百均のプラスチック皿くらいなのよ。 だからさ、貰って行く食器が充実していると助かるんだよね」などと、何処か自虐めいた台詞を口にしながら彼女は持って行く食器をあれこれと選び出した。 僕はその傍らにて、運ぶ途中に割れたりしないようにと選び出された食器を新聞紙で黙々と梱包し続けた。 結局、大半の食器は持ち去られることになってしまった。 有田焼擬きの大皿も彼女の所有物となった。その代償という訳ではないけれども、ハンドミルは僕の部屋に残されることとなった。 かなり大きめのハンドミルだったし、それで豆を挽くには相応に力を込めなければならなず、それは何時だって僕の役割だったから、選んだところで持て余してしまうと彼女は考えたのかもしれない。 四時間ほどを費やして漸く纏められた荷物は相当な量があって、手提げ袋で持って帰ることなど到底無理だったから、段ボール箱に詰めて彼女の部屋へ送ることとした。 箱は食器や本を収めた重めのものと、化粧品や細々としたものを収めた軽めのものとの二つになった。 アパートの斜め向かいにあるコンビニから送ろうという話になり、そろそろ部屋を出ようという流れになりつつあった時のこと。 ふと、玄関近くにてその足を止めた彼女は、落着きが無い様にて部屋の中に視線を彷徨わせたり、言葉も無いままに俯いたりしていた。 或いは、僕の方へと視線を向けてはそれを逸らすという素振りも見せていた。 訝しく思った僕は、「どうしたの?」と尋ねてみる。 けれども、彼女は顔色を曇らせながら「ふぅ…」と小さく溜息を吐くばかりだった。 どちらから破るべきなのか判然ともしない気詰まりな沈黙が、じわじわとその気配を増しつつあるように思えた。 僕も、そして彼女も冗舌なほうではなかったから、二人の間に沈黙が漂うのは特段に珍しいことでは無かったし、そのことは別に苦痛でもなかった。 けれども、その時の沈黙は何時に無く心を波立たせるように感じられてしまった。
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