5.自虐

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5.自虐

エスタージュの中で久里浜の姿を見掛けた時、特に驚きも抱くことも無かった。 彼とはいずれここで逢うのだろうとの確信めいた思いを心の何処かに抱いていたからなのだろう。 その久里浜を見掛けたのは、空港の出発ロビーを思わせる場所だった。 人の背丈の数倍もありそうな大きく高々とした窓が幾つも在りはしたけれども、窓の外は塗り潰されたような漆黒に満たされていて、そこから外の様子を見ることは出来なかった。 テニスコートくらいはあろうかという広々とした空間の中にはシンプルな長いソファーがずらりと並べられていて、久里浜はそのひとつにポツンと腰掛けていた。 天井灯から降り注ぐ煌々とした光は、彼が纏う鬱々とした雰囲気をより一層際立たせているように思えてしまった。 久里浜は何時か見掛けたような焦茶のタートルネックのセーターを纏っていて、その髪はいつものように短く刈り込まれていた。 髪には僅かだけれども白いものが混じっているようにも見えた。 相も変わらず色々と悩んでいるんだろうな、と思った。
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